視覚障がい者のオリエンテーションとモビリティの理解にもとづく安心・安全な移動を確保するための技術 大倉元宏(成蹊大学/大原記念労働科学研究所)  清水美知子(モビリティ研究会)  田内雅規(岡山県立大学)  村上琢磨(NPO法人しろがめ) 註:本稿は以下の著書の一部を修正・加筆したものである。 大倉元宏,清水美知子,田内雅規,村上琢磨(2014) 視覚障がいの歩行の科学 -安全で安心なひとり歩きをめざしてー、東京:コロナ社 . 1 はじめに  視覚に障害のある人がひとりで移動できることは、円滑な社会生活や職業生活を送るうえで必要なばかりでなく,心理的独立性を保つためにも重要である。移動様式の基本は「歩行」であり、視覚情報が得にくくなると、たちまち歩行にも著しい困難が発生することは容易に想像されるであろう。この困難への対応の手がかりを示すのが、本稿のねらいである。  本稿は、大きく3つの項目から構成されている。まず、移動のための技術について解説する。ここには歩行のための訓練や歩行補助具(エイド)も含まれている。次に、移動を容易にするための環境整備、すなわち、視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック)、視覚障害者交通信号付加装置(音響信号機)、および視覚障害者用道路横断帯(エスコートゾーン)について開発の経緯を含め、詳しく説明する。そして最後に、訓練を受け、移動環境が整備されたとしても、単独での移動において依然として存在するリスクについて述べる。   2 移動のための技術 2.1 オリエンテーションとモビリティ(Orientation and Mobility)  「オリエンテーションとモビリティ(Orientation and Mobility:OM)」は、日本語では「歩行」と記されることが多い。この歩行は、ある地点から他の地点への到達を目的とするものであり、1960年代に米国から導入された(ジェイクル、1973)。図1はOMを概念的に示したものである。歩行はオリエンテーションとモビリティという要素技術またはプロセスから構成され、それらが同時に遂行された時のパフォーマンスをナビゲーション(Navigation)とよぶ。ナビゲーションは、海原や空を移動する船舶や航空機の誘導という意味でよく用いられるが(Golledge, 1999)、歩行におけるナビゲーションでは出発点と目的地を結ぶ経路を見つけ出し、それをたどることになる。 図1 オリエンテーション・モビリティとナビゲーションおよびそれらの関係 2.1.1 オリエンテーション  オリエンテーションとは「自分の位置を環境との相対的関係で知る技術またはプロセス」である。現在ではGPS(Global Positioning System, 全地球測位システム)等により地球上の絶対的な座標軸(経度、緯度)で場所を表示することも可能となったが、オリエンテーションという場合、そのような表示をすることではなく、生活・移動環境のなかで自身の現在地を知り、その現在地に対する目的地の相対的位置関係(方向と距離)を把握することである。 1) 現在地を知る  目が見えれば、室内や廊下など自分がいる空間の壁、天井、床を見渡すことで、その空間での自分と周囲の位置関係を瞬時に把握することができる。屋外の縁石と家並で区分された歩道上においても同様である。視力が低下し、見通すことのできる距離が短くなると、一目で(動かずに)認識できる空間の範囲は狭くなる。まったく見えなければ、手を伸ばして触れる範囲が移動せずに知覚できる空間となる。つまり、晴眼者が一目で見渡し把握する空間の広さや形状を視覚障がいのある人が認識するためには、移動しながら探索し集めた情報を整理しなければならないのである。また、視覚障がいのある人は、数メートル範囲の狭い空間を認識する場合でも、「いま見ている、触っている」情報だけでは不十分で、その時以前に体験した空間に関する記憶をつなぎ合わせて補完することが必要である。 2) 目的地までの相対的位置関係を知る  ある目的地へ向かう場合、その目的地の方向、そこまでの距離の認識もオリエンテーションに含まれる。見通すことができる空間(目で知覚できる空間)では頭の中に地図を描いて動くわけではなく、見ているものに向かって自動的に接近するだけである。しかし、目で見ることができない目的地を設定して、そこへ行くためには地図が必要である。市販の道路地図や最近ではカーナビ(車両用位置情報表示装置)、マンナビ(歩行者用位置情報表示装置)などを利用することで、知覚空間の範囲外にある目的地を認識することができる。また、すでに何度か行ったことがある場所であれば、その時に体験した記憶を呼び起こすことで、ある程度は環境の認識ができる。さらに、身近にその場所を知っている人がいれば、その人から得た情報に基づいて目的地を認識することもできる。一方、今や映像メディアの進歩は目覚ましく、インターネットを介した情報収集により、行ったことのない場所やそこまでの経路を写真や動画で見ることもできるようになってきた。しかし、視覚障がいのある人が利用できる地理情報は依然として晴眼者に比べ圧倒的に乏しい。視覚障がいのある人を対象としてGPSを利用した位置情報表示装置が2009年から販売されているが、信頼性、実用性の点でまだ十分とは言えず、目的地の情報収集手段を補完するに留まっている[2.3.1オリエンテーションエイド、4)GPS参照]。 2.1.2 モビリティ  現在地から目的地まで安全かつ効率的に移動する技術またはプロセスを「モビリティ」(図1)という。モビリティには、進む/止まる、上る/下る、回転する、曲がるなどの動作が含まれ、歩道を歩く、角を曲がる、道路を渡る、電車やバスを乗り降りする、人や物を回避する、階段を昇り降りするなどの行動となる。人の主たる移動の形態は二足歩行であるため、当然のこととして、歩行路面や周囲の物の影響を受ける。例えば、平坦な面より上り勾配の方がより強度の筋力を必要とし、凹凸の激しい路面ではつまずきが起きやすくなる。路面の性状、歩行面の勾配、物の存在、気候などの環境要素を加えた時、移動における安全性や効率性が変化するが、視覚に障がいがあると、それらを一定の水準に保つことが難しくなる。モビリティはその手段としては徒歩だけでなく、電車やバス等も含まれ、移動の利便性を考慮して選択が行われる。 2.1.3 ナビゲーション  歩行ではオリエンテーションとモビリティが同時遂行されるが、それらが組み合わされた際のパフォーマンスをナビゲーションとよぶ。オリエンテーションのプロセスにおいて現在地と目的地の方向と距離がわかったら、ナビゲーションがスタートする。Petrie,H.(1995, 1996)は,人はミクロとマクロのナビゲーションを組み合わせて、目的点に達するとしている。ミクロは近接環境(半径5m未満),マクロは遠方環境(半径5m以上)のナビゲーションを指す。まずは、マクロナビゲーションが働き、現在地と目的地をどのような道で結んで経路とするかを考える。例えば2点が野山にあれば、オリエンテーリングのように最短時間で行くために2点を直線で結ぶ経路を選択するかもしれないが、一般的には既存の道路を選んで経路を構成する。市街地では山里や村に比べ、道路は直線的で規則性が高い(図2)。そのため市街地における経路は、基本的に道路と交差点、あるいはランドマークの順列で策定する。次に、目的地までの距離や公共交通網を考え、移動手段を選択する。徒歩、自転車、自家用車、路線バス、タクシー、電車など、さまざまな移動手段が考えられる(Shimizu,2009)。ここで決定された移動経路と手段がナビゲーションの初期解となる。移動中は常に「進んでいる道は合っているのか」「今どの辺りにいるのか」「目的地に着いたか」ということを確認し続けなければならない。移動経路と手段の初期解は様々な条件により変更の可能性がある。例えば、その経路上での道路工事や交通機関の運行状況、その時の時間帯や天候などである。その際には、速やかに次善の経路と手段を選定する必要がある。  実際に移動が開始されるとミクロナビゲーションも働く。ミクロナビゲーションでは路面の状況や近傍の障害物(電柱,パーキングメーター,樹木など)の存在などの情報が必要となるが、これは現地で確認するしかない。見えていれば容易に行われるが、視覚に障がいのある人は白杖あるいは保有視力で行わなければならない。        図2 さまざまな移動環境と経路選択 2.1.4 OMの実際  ここで、歩道を進んで、交差点を横断する場面をいくつかのパターンやサブタスクに分け、徒歩移動におけるOMの実際を詳しくみてみよう。   1)歩道上の移動のOM  道路は単路部と交差点部から構成され、歩道を移動する場合は以下の7つのパターンに分けることができる(図3)。          図3 歩道を移動する場合の7つのパターン (1) 道路と平行に歩く(図3の①aと①b)   歩道には車道と民地、2つの境界線がある。境界線が明確で連続していれば、2つの境界線間を歩いたり、どちらかの境界線をたどったりことでこの課題は容易に遂行できる。境界線が不明確(例:縁石の切り下げ部、歩道に隣接する空き地)、あるいは不連続(例:家並が途切れる)である場合は、ときに気づかず民地や車道へ進入し、disorientation(自己の現在地の認識を喪失すること)が起きる(図4)。この状態を避けるためには点字ブロックや異なる舗装面の境界、平行な車両走行音など進路を示す手がかりを使う。   民地に進入し方向を喪失したときは車道の位置(進行方向に対し右/左)の認識が進路を回復する有力な手がかりとなる.        図4 民地内への迷い込みの例 生け垣(民地側の境界線)をたどって歩いていて、生け垣が終った地点から民地内へ迷い込んだ。生け垣とネットフェンスの間の境界線にはコンクリートブロックが埋め込まれている。視認できない場合、足裏の触覚では境界がわかりにくく、杖では検知しにくい。 (2) 角(かど)を曲がる(図3の②)   角に沿って(境界線の屈曲に沿って)歩く。その結果起きた自身の方向の変化(例:まっすぐ歩いていて左に曲がった)を認識する。自身の運動感覚とともに環境との相対的位置関係の変化が、曲がったかどうか、またその程度(鋭角、直角又は鈍角)の手がかりとなる(例:右に聞こえていた主要道路の車両走行音が、背後から聞こえるようになった)。角の境界線が不明確(例:交差点部の低い縁石)、あるいは、ない場合(例:交差点部に隣接する駐車場)は前項と同様に迷い込みが起こり易い。交差点部での迷い込みから脱出し、オリエンテーションを再確立するのは単路部に比べ複雑で難度が高い。 (3) 横断歩道口へ行く(図3の③と④)   近年は角の曲率半径が大きい交差点が多く、単路部の進路(図3の①)の延長上に横断歩道口があることは稀となった。そこで、次のような手がかりを使って横断口を探し、そこに立つ。 ① 路面の道路標示(眼で確認できる場合) ② 縁石の切り下げ部分 ③ 点字ブロック ④ 通行人や自転車の動きや滞留   歩道口を探す過程で、元の進路方向の記憶はなくなってしまう。図3の③と④の歩道口を取り違えてしまうこともある。音響信号機のスピーカ位置、点字ブロック、車両の停止時のエンジン音、走行音なども手がかりであるが、事前情報がない場合は横断歩道口を見つけるのは困難な課題である。一方熟知した交差点部では、前述した支援設備の配置状況、その他のランドマークを利用することで、課題の難度は低下する。 (5) 道路横断後、隣接する横断歩道入口へ行く(図3の⑤)   対岸に到着後、先の「横断歩道口に行く」というサブタスクが実行される。 (6) 道路横断後、単路部に向かう(図3の⑥または⑦)   これは、図3の③と④の逆ルートである。歩道の2つの境界線と車両走行音が手がかりとなる。進路と平行する車両走行音(図3の⑥と⑦の場合はそれぞれ進路の左側と右側)を認識し、それと平行に進むことで単路部へ入ることができる。 (7) 道路横断後、直進方向の単路部に向かう(図3の⑦)  これらの7つのパターンにおいて、もし進路上に障害物があれば、それを回避することが必要となる。障害物は明確な境界線に隣接しているもの(例:商店の陳列台、バス停のベンチ)と境界線から離れて存在するもの(例:放置自転車)とに分けられる。前者は境界線の一部と考え、境界線に沿う歩行として回避することができる。後者の場合は、回避した後に歩き始める方向が問題となる。障害物の一辺が進路と垂直であれば、それを手がかりとして利用しやすいが、進路に対して斜めであったり、曲線だったりすれば、信頼できる手がかりはなく、周囲の環境情報を利用する他ない。   2)交差点横断のOM  交差点の横断では、歩行者は横断歩道に至る以前に、交差点に接近した(であろう)と認識した時点から、速度調整など横断行動をとり始める。「交差点を渡る」という課題を達成するには、(1)交差点に接近したことを知る、(2)横断開始点(横断歩道口)に行く、(3)横断方向を向く、(4)横断開始時期をとらえる、(5)横断方向を維持して渡る、(6)対岸に上がる、(7)目的地につながる単路部へ向かう、の7つのサブタスク(Yoshiura, Takato, Takeuchi, Sawai & Tauchi, 1997)を順序通り遂行する必要がある(図5)。このうち、(2)と(7)は前の歩道を移動する場合と重複するので、ここでは、(1)と(3)~(6)について解説する。 (1)交差点に接近したことを知る  単路部を歩いていて、次のような状況に出会えば、交差点に近づいたのかもしれない。そしてこれらの状況が多く得られれば、交差点である確率は高くなる。   ① 歩道の下りこう配   ② 民地との境界の終わり 民地との境界(塀、建物の壁、U字溝、舗装面の境など)に沿って歩いていて、それが途切れる。 ③ 音響の変化 家並が途切れ、それまでの家並からの反響音が消え、「空間が開けた」と感じる。 ④ 進路に交差する車両走行音が聞こえる。 ⑤ 進路と平行する道路の車両が速度を緩める、停止する/停止している。 ⑥ 時間/距離感(筋肉運動記憶) 街区が規則的に配置された街では、そこに至るまでの体験から街区の距離感が生まれ、それにより交差点に接近したと推定する。 ⑦ 点字ブロック     単路部では進路と平行な線状ブロックだけだが、交差点部に入ると点状ブロック、など複数個の誘導経路が出現する。 (2)横断開始場所(横断歩道口)に行く (3)横断方向を向く 横断歩道口に立ち、次のような手がかりを使って横断方向を決定する。   ① 縁石 横断方向に対して縁石が直角であることがわかっている場合は確実な方向の手がかりとなるが、初めての交差点でそれを知ることは難しい。また、縁石が、曲率半径の大きな巻き込み部か直線部のどちらに位置しているかの判別は難しい。一般に横断歩道口では円弧をなしており、それを使って横断方向は決めにくい(吉田、清水、田内、2007)。他の手がかりも併用して方向を決定しなければならない。また、最近は縁石部の段差が全くないところも多くなってきており、車道と歩道の区別に縁石が利用しにくくなってきた。   ② 車両走行音 進路と平行/垂直に走る車両の走行音を聴き、それと平行/垂直方向を向く。横断方向に平行で近い車両走行音(自分と同じ方向へ走る場合と、逆方向の場合がある)がとらえ易い。交差点の形状(例えば直角に交わっていない十字路)によっては、横断方向と車両の走行方向がずれている場合がある。歩車分離式信号機が設置されている交差点では、横断時に車両すべてが停止している状況がある。   ③ 点字ブロック   ④ 音響信号機 音響信号機のスピーカは原則的には横断歩道幅の中央に設置するので、対岸のスピーカ音に向くことで横断方向を向くことができる。 ⑤ その他 保有視力の程度によるが、横断歩道の白線、歩行者用信号灯なども手がかりとなる。 (4)横断開始時期をとらえる 音響信号機が設置されていれば、その信号音の開始が確度の高い手がかりとなる。設置されていなければ、同じ方向に進む歩行者の足音や自動車の発進音が横断開始のタイミングとなる。ただ、近年は歩車分離式信号や矢印信号などにみられるように交通制御が複雑化し、車両の発進音が必ずしも歩行者信号の青と一致しない場合も出てきたので、注意を要する。また、交差点周辺の騒音や車両走行音の静音化も横断開始のタイミング検知を難しくしている。 (5)横断方向を維持して渡る 道路横断帯[エスコートゾーン、3.4 視覚障害者用道路横断帯 参照]が敷設されていて、それが見つかれば、それに沿ってゆけばよい。音響信号機の信号音も有力な手がかりとして利用できる。車両の走行音も手がかりとなるが、前項と同様初めての交差点では十分な手がかりではない。路面の傾き(縦断/横断勾配)や横断歩道の白線の盛り上がりなども手がかりとなるが、どれも交差点の形状、道路幅などについて事前情報がないと、信頼性が乏しい。10年ほど前から導入されている歩車分離制御(警察庁丁規発第86号)の交差点では、全方向の車両の同時停止(スクランブル方式や歩行者専用現示方式)や斜め横断(スクランブル方式)の状況があり、横断中の方向を確認するための手がかりが減っている。 (6)対岸に上がる 縁石(上り段差、up-curb)、舗装面の違い、点字ブロックなどが対岸到着の手がかりとなる。音響信号機の信号音の大きさや聞こえる方向も重要な手がかりである。近年交差点部の縁石は切り下げられ、縁石に気づかずに対岸に上がることもあり、その場合、交差点部の点字ブロックあるいは民地との境界に到達してそれに気づく。 (7) 目的地につながる単路部へ向かう 歩道を移動する場合と重複する部分はあるが、交差点横断に関して特有なサブタスクは(3)~(5)であろう。視覚情報が得られないとどのタスクも容易ではないが、この(3)~(5)は安全移動の確保という面から特に注意を要する。 図5 交差点横断のサブタスク 3)駅のプラットホーム上のOM  鉄道の利用も視覚に障がいのある人には困難なタスクとして知られている。ここでは、プラットホームに到達してから乗車まで、および目的駅に到着後、プラットホームに降り立ってからそこを離れるまでの手順について述べる(Fazzi et al.,2017)。 (1)プラットホームに到達してから乗車位置まで  ① 階段、エスカレータ、あるいはエレベータを利用してホームに到達したら、島式ホームでは、自身が乗るべき電車の番線の方に90度向きを変え、常時接地法[2.3.2 モビリティエイド、1)白杖、(6)参照]で白杖を操作してホーム端に向かう。ホーム端の方向が不確かな場合は電車の入線を待って、方向を確認するとよい。ホーム端に斜めに接近すると杖でホーム端を検出するのが遅れ、転落の危険が増す。くれぐれも斜めにホーム端に近づくことのないようにしなければならない。相対式ホームでは、壁をたどって所定の位置まで行き、そこで壁から垂直に離れ、ホーム端に向かう。  ② ホーム縁端の警告ブロックを検知したら、身体が警告ブロックと正対していることを確認し、その内側で電車の到着を待つ。もし、待機位置を変える時は、電車がいないときに、警告ブロックと平行に進む。このとき、白杖は常時接地法で広めに振り、警告ブロックを手がかりにして、目指す場所まで移動する。柱などの障害物を検知した場合には、ホーム端とは反対側(ホーム中央部方向)に避け、元の進路に戻る。移動中に電車が入線してきたら、警告ブロックから離れ、電車の出発を待ち、その後、移動を継続する。 (2) 電車に乗り込む ① ホーム端の警告ブロックの内側に立ち、聴覚と視覚的手がかりから電車の入線と入  線番線を確認する。電車の入線は聴覚と視覚的手がかり、および電車が作る風圧から容易にわかると思われるが、入線番線を取り違えないよう注意することが重要である。 ② 自身が乗るべき電車かどうかを、ホーム放送、電車の行き先標示、あるいは他の乗客にたずねるなどして確認する。ロービジョンの人の中には電車の先頭あるいは車両側面の行き先標示を読むことができる人もいるが、照明が不十分だったり、標示が故障したりする場合もあるので、別の方法でも確認できるよう準備しておくとよい。 ③ 電車が停止したら、常時接地法で前進し、ホーム端と車両の側面を検出する。 ④ 車両を検出した後、空いている手で車両をたどって進む。車両を手でたどらず、眼でドア口を見つけるロービジョンの人は、自身の保有視機能を過信しせず、ドア口を眼だけで確実に見つけられるのかを厳しく評価することが大切である。 ⑤ 車両に沿って進み、ドア口を探す。このとき、ホーム端を常時接地法で確認しながら、空いている手で車両をたどって進む。 ⑥ 手が開口部に触れたら、手でドア枠、白杖で床面を調べ、ドア口であることを確認する。次に身体を90度回転し、ドア口の車体あるいはバーハンドルをつかみ車両に乗り込む。このときホームと車両間の隙間に足を落とさないよう十分広い歩幅で乗り込む。 ⑦ 手が触れた開口部がドア口ではなく連結部だったら、ドア口が見つかるまでさらに進み、前項 ⑥ にしたがって乗車する。 (3) 電車から降車し、ホームを離れる ① 電車が降車駅に近づいたら、席から立ち上がりドアの方を向き降車に備える。電車が停止するまで、つり革やポールにつかまり電車の揺れや急な速度変化に備える。  ② ドアが開いたら、他の乗客の足の間に杖が入らないよう通常よりも杖を立て常時接地法でドア口に進む。  ③ ドア口に着き車両のへりを杖で確認したら、一方の足先をヘリに近づけ、白杖でホームと車両の間の隙間およびホーム上に物のないことを確認後、隙間を跨いで、ホーム上に降り立つ。ホームと車両間の隙間に、足を落とす可能性があるので、跨ぐときは十分注意する。  ④ 電車から降りたら2、3歩車両から離れたところで止まり、自分の向いている方向、ホーム縁端部、階段(エスカレータ、エレベーターなど)の方向を確認する。慣れた駅で相対式ホームであれば、止まらなくてもよい。  ⑤ 島式ホームでは、電車がホームを出て、降車客がほぼはけた後、ホーム端の警告ブロックに戻り、常時接地法により、それに沿って進む。歩行中、階段やエスカレータ、他の乗客の動きに耳を傾け、階段、あるいはエスカレータを感知したら、90度身体を回転して、常時接地法でその方向に向かう。数メートル以内で階段やエスカレータに接触しなければ、もう一方のホーム端に向かっていると判断し、慎重に常時接地法で、警告ブロックを検知する。幅の狭い島式ホームでは、方向を見失って、ホーム縁端に斜めに進むと転落につながる。常にホーム縁端の警告ブロックを触っていれば、線路と平行な移動が可能で、オリエンテーションも確保できる。  ⑥ 相対式ホームでは、降車後まっすぐ壁に進み、出口の方に90度身体を回転させる。常時接地法で壁を伝い、階段あるいはエスカレータに向かう。 2.1.5 視覚障がいがある場合のOMの困難さとそれらへの対応 1)情報収集  視覚情報が得られない場合、ナビゲーションが相当困難になることは想像に難くない。大倉(1989)は二次課題法により、歩行中、特にオリエンテーションの負荷が増すと心理的余裕がなくなることを明らかにした。視覚は、眼前の三次元空間の詳細な構造とその時間的変化を瞬時に捉えるという他の感覚器官では達成できない優れた機能を有している。その視覚に問題が生じた場合、残りの感覚器官を総動員して視覚の代行を行おうとするのは当然であるが、二つの問題がある。一つは視覚の代行を行う感覚器官が視覚との調和の中で使われていた条件から単独で使われるという新しい環境に迅速に対応できうるものなのかということ、もう一つは十分に訓練や学習を行ったとしても保有感覚による視覚代行の水準がどこまで高められるものなのか、ということである。ここで、あらかじめ大まかに答えを出してしまうならば、前者については相当な時間がかかり、かつ適切な能動的訓練をしないと保有感覚の発達はきわめて遅いと言え、後者については視覚の果たしていた役割は完全には代替できないということが言える。ここに視覚障がい者の厳しい現実がある。   2)安全性  モビリティに関しては、安全性と効率性が重要である。安全を妨げる事象には、「物に当たる」「つまずく/踏み外す」「転倒する」などがある。当たる、つまずく/踏み外すの原因には、「会話をしていた」などのように他のことに注意が向けられていた等もあげられるが、「対象物が認識できない」「認識したが、身体が対応できなかった」など視覚が使えないために起きる対応動作機能の低下が大部分を占める。通常の歩行速度(時速4キロメートル前後)で物に当たっても、当たったことのみで大きな怪我につながることは少ないが、その結果、バランスを失い転倒/転落すると、骨折など大怪我を負うことになる。走行する自転車や自動車との接触も重大な危険である。自転車とは移動空間を共有することが多く、接触の機会が多い。自動車との接触は主に道路横断の際に起きる。 3)効率性  効率性には、歩行速度、歩行距離、運搬力などが要素として考えられる。歩行速度は各々の生活ペースにもよるが、社会との関わりを考えると一定の範囲があると思われる。例えば、歩行者用交通信号機の青の呈示時間は、歩行速度を毎分60メートルとして設定される場合が多い(村田ら、2007)。そのため、それより遅い歩行速度の人は、青信号の間に渡り切れないことになる。ひとりで地域生活を営むのに必要な歩行能力を「1分間に80メートルの速さで332メートル以上歩けること」としている報告(Menard-Rothe, et al.,1997)もある。 4)対応策  モビリティにおいては、視覚に障がいがあっても徒歩による移動が可能であれば、オリエンテーションほど大きな不利はないが、それでも安全性や効率性の面では不安な要素を常に抱えていると言える。  そのため、このようなOMの困難さを克服するために古くからさまざまな対応が講じられてきた。主な対応内容としてOM訓練、歩行補助具(エイド)、および移動支援設備が挙げられるが、保有しているOMの技能によってそれらの必要性や利用法は異なる。乳幼児期に視覚障がいを負い、それ以降、積極的に単独行動を続けている人の中には高いOM技能を獲得し、触覚はもとより、聴覚による空間認知も高いレベルに達する人がいる(Kish, 2009)。 一方、成人後に視覚障がいを負った者はすでに生活や仕事があり、OM技能の獲得に長い時間を費やすのは難しく、高齢視覚障がい者は、総体的に身体機能が低下しているため転倒/転落のリスクが増している。まずは日々の生活場面で安全かつ実用的に移動するための技能[例:スクウェアオフ、境界線に沿って歩く; 2.1.4 OMの実際 参照]、そして徒歩による移動で頻繁に発生する「歩道を歩く」「角を曲がる」「道路をわたる」を習得することが推奨される[2.1.4 OMの実際 参照]。それは、OMのエイドも移動支援設備もそれを利用するには一定のOM技能を有していることが前提であるからである。エイドや設備は、それがあれば直ちに有効に利用できるわけではなく、あくまでもOM技能の発揮を容易にするためものであることを忘れてはならない。晴眼者を対象として構築されている現在の移動環境では、いくらOM技能が高くても確実な安全性の保証は難しいため、各種エイドの利用や移動環境の整備が必要である。それらを利用することで、単独での行動範囲が拡大される。 2.2 OM訓練 2.2.1 沿革  Hanks (1872) は、その著書「Blindness and the blind」のなかで “Loss of sight is in itself a great privation, and when to it is added the want of power of locomotion, the sufferer more nearly approaches the condition of a vegetable than that of a member of the human family”(視覚を喪失することだけでも大変な不自由なのに、それに加えて歩行能力まで喪失してしまうと、その人は社会の一員というよりは植物に近い状態になってしまう)と警鐘を鳴らし、視覚障がいのある人がひとり歩きの能力を獲得することの大切さを説いている。また、木下和三郎(1939)は著書「盲目歩行に就いて」のはしがきで「盲人を対象とする総べての保護も救済も教育も盲人の行動、就中(なかんずく)歩行の問題を解決しないならば、それは文字通り砂上に楼閣を築くものであると信ずる」と記している。このように視覚障がいのある人にとって単独歩行能力の重要性は古くからいわれており、盲学校などでは視覚障がいを有する者同士で経験的なOM技術が教授される状況があった。  そのような状況の中、第二次世界大戦が勃発し平時とは比べものにならないほど多くの視覚障がい者が短期間に社会に送り出された。各国にとって彼らの社会復帰のための訓練は急務であり、そのような背景から、米国で杖を使ったOM訓練プログラムがHooverらによって開発された。当初は戦争で失明した軍人を対象として軍の病院で行われていたが、1954年にCarrollによって開設された St. Paul’s Rehabilitation Center(全米で最初の視覚障がいのある人のリハビリテーションセンター)で主要訓練項目として行われるようになった。Carroll (1961) は、著書「Blindness(失明)」の中で、コミュニケーションとともにモビリティを基本技能の喪失(Loss of basic skills)に分類し、モビリティの喪失は“a dying to adult independence.(独立性、主体性の終わり)”と述べている。1960年にはBoston Collegeに最初の訓練士養成プログラムが開講し、その後、OM訓練が民間施設や学校などに普及した。日本では1970年7月から約3ヶ月間、社会福祉法人日本ライトハウスとAmerican Foundation for Overseas Blindの共催で、初の「視覚障害者歩行訓練指導員講習会」が日本ライトハウスで開催された(ジェイクル、1973)。その後、OM訓練は視覚障がいリハビリテーション訓練プログラムの主要項目として今日まで続いている。 .2.2.2 OM訓練の概要  視覚障がいによって行動が著しく阻害された場合、希望によりリハビリテーション施設等において、それを克服するための訓練を受けることができる(注:訓練プログラムによっては障がい認定を受けていることが要件)。その代表的な訓練のなかにOM訓練も含まれる。 1)訓練の内容  人には生活の拠点があり、多くの場合それは自宅である。生活のほとんどの活動が自宅を中心として営まれ、周辺地域の主な移動手段は徒歩であるが、目的地が遠くなると距離、状況、費用などを考慮した移動手段を利用する。ときには複数の移動手段を利用することもある(図6)。このような観点から、訓練は以下に示す内容となる場合が多い。 (1)自宅周辺や目的地周辺の徒歩移動 (2)バスの利用 (3)鉄道施設ヘの接近および離脱 (4)駅構内の移動 (5)プラットホーム上の移動 (6)電車の乗降 図6 よくみられるOM訓練の内容 2)OM訓練の特徴 OM訓練には次のような特徴がある。 (1) 個別訓練(マンツーマン)  訓練生の安全の確保と、視機能やOM技能等が各々異なる訓練生の課題に個別に対応するためである。 (2) 実環境での実施  訓練は教室や体育館などに模擬の環境を作って行うのではなく、屋外の現実の道路交通環境において実施する。 (3) 体験型・問題解決型学習  教科書等を利用した座学ではなく、移動場面を想定し、そこでの問題を実際に体験し、解決を図るプロセスを探索し、合理的な方法を体得する。 (4) 実社会の営みの中での実施  道を聞く、交差点横断の手助けを依頼するなど、他の通行者とコミュニケーションを取る過程で、視覚障がい者に対する善意、無理解、偏見などによる多様な対応を経験しながら、再度社会へ戻る気持ちを育む。 (5) リスク管理の重要性  視機能が低下しているため、リスク管理には十分な配慮が必要になる。他の歩行者や自転車との接触や衝突、工事による道路形状の変更など実環境ではさまざまな状況に遭遇することを考えておかなければならない。また、移動能力の低い他の歩行者と接触することで事故の加害者になる可能性があることにも注意が必要である。 3)OM訓練の形態  訓練の形態はおおよそ次の二つに分けられる。 (1)訓練施設での訓練(入所・通所訓練)  施設入所あるいは通所型の訓練は訓練生の生活圏での訓練ではないため、事前評価に基づいて実生活に役立つであろうと考えられる訓練項目を構成する。そして典型的な道路環境を使って訓練し、そこで習得した技術、体験を訓練生が自分で自身の生活圏で役立てることを想定している。中には訓練修了後、自身の生活圏の道路が歩けず、生活圏での再訓練が必要となる場合がある。 (2)生活圏での訓練(在宅・訪問訓練)  生活圏での訓練では、その目的は日々の生活に直接つながっている。「ガイドと歩いている経路をひとりで歩きたい」「ひとりでコンビニまで行っているが、自分の歩き方に自信がないので、自信を持って歩けるようになりたい」「交通量の多い交差点を渡れるようになって、行動範囲を広げたい」などの目的がある。より切実に「ひとりでトイレまで行きたい」という目的もある。   訓練が実際の環境で実施でき、訓練生の問題や課題に直接対応できる反面、訓練環境が自宅周辺などに制約されるため、技術学習に好ましい環境を得にくいという難点がある。 2.2.3 OM訓練の前準備  訓練に先立ち、訓練生の状況を聴取し、観察する。それに基づき訓練生とともに訓練の目的、目標を設定し、訓練計画を策定した後、訓練に入る。 1)訓練生への事前情報の聴き取り  訓練生と事前に面談の機会を持ち、(1) 訓練の依頼理由、(2)既往症や最近の体調、(3)普段の外出の頻度、(4)OMの技能、などについて聴き取りを行う。できれば訓練開始前に聴き取りを終了するのが望ましいが、訓練と平行しながら情報収集を継続するのが現実的である。その過程でより詳細に調べる必要のある項目が出てきたり、聴取する必要がなくなったりする項目もある。 2)観察  面談の中で外出行動(単独だけに限らない)が確認された場合は、その行動を観察するのがよい。例えば、ひとりでコンビニへ行くという人であれば、実際にその経路を歩いてもらい、その様子を観察する。ガイドと外出するという人であれば、訓練士がガイドとなりその時の行動を観察する。  外出行動がない人でも、自宅内の移動(例えば、トイレとベッド間)は通常あるため、その場合は、その動作が観察の対象となる。  観察にあたっては普段どおりに歩くことを求め、(1)訓練生の服装や靴、使用している補助具、(2)移動経路の状況、(3)OM技能などに留意する。  OM技能の評価にあたっては、前述の「安全性と効率性」とともに「心理的ストレスの程度」の観点が重要である。「心理的ストレスの程度」の評価方法には、心拍数を指標とする方法 (Tanaka et al., 1981)、二次課題法による心理的余裕を指標とする方法(大倉、1989)、歩行速度を指標とする方法(Soong et al., 2000)などがある  以上の聴き取りと観察によって得られた情報を元に、訓練生とともに訓練目標を設定し、訓練計画を策定した後、訓練を開始する。訓練期間中も目標の妥当性や訓練計画について適宜検証し、必要に応じ変更しながら訓練を進める。 2.2.4 OM訓練の実際  ここでは、主たる移動手段である「徒歩」を取り上げ、訓練の実際を概説する。   1)徒歩における基本技術の習得  歩道上の徒歩移動には7つのパターン(図5)がある。それらを遂行するには身体運動能力(平衡力、筋力、持久力など)に加え、発進、停止、回転、速度調整、段の昇降等の基本動作能力が必要である。そして、それらの動作が逐次変化する歩行環境および状況に対応できることが必要である。自身の身体能力のみでは支障をきたす場合には、障害物の探索や身体の支持をするための杖を携行したり、歩行器や車いすなどを用いたり、ガイドと歩いたり、場合によってはそれらを組み合わせたりと多様な方法で対処する。訓練は、その人の視機能、運動能力などに応じてそれらを試し、評価しながら決定するプロセスでもある。   2)ミクロナビゲーション  「2.1.1 オリエンテーション」で述べたように晴眼者が目標物に向かって(沿って)歩く場合、例えば、数メートル先に見えるバス停に向かって歩いたり、家並に沿って歩いたりする際には、近くにある物を取ろうと手を伸ばす時のように、ほぼ自動的に目標物に向かって歩いている。視覚障がいがある人でも保有視覚や聴覚を利用して目標物の位置を確認することができれば(図7a)、晴眼者と同様、目標物に向かって進むことができる。しかし、位置が認識できない場合、目標物までの誘導線をたどったり、方向を示す手がかりを利用したりして目標物へ向かう(図7b)。誘導線には点字ブロックのようにその目的のために設置された専用の設備もあれば、異なる舗装の境目のように既存の環境内に存在するものを誘導線として利用する場合もある。誘導線は保有視覚や触覚を利用するものが一般的であるが、音響信号機のスピーカの位置を横断方向の手がかりとする場合のように、聴覚を使った誘導線もありうる。目標物に直接向かう誘導線がない場合は、壁や塀、縁石、舗装の境目など平面や直線部を持つ構造物や固定物を手がかりとして、それと平行、または垂直な方向を定位して目標物へ向かう(図7c、図7d)。この場合、目標物と方向の手がかりとする物との相対的位置関係を知っていることが前提となる。平行を定位する場合は、手がかりを触覚的に直接たどったり、あるいは聴覚を利用して手がかりと一定距離を保ったりすることで方向を連続して知ることができるが[4.1 OMにおけるいくつかの行動特性、4)エコー定位 参照]、垂直を定位する場合は出発点で方向を確認した後の明確な手がかりはない。そのため出発点での方向定位の精度を確保するための技術である「スクウェアオフ(square off)」(図8)は重要である。スクウェアオフでは、壁などの明確な触覚的手がかりに、かかと、ふくらはぎ、尻、背中、後頭部をつけ、それと垂直方向に離れる。このように晴眼者にとってはいとも簡単な近接環境の移動であっても、視覚障がいのある人にはナビゲーション技術が求められる。それが「物に沿って歩く」「物に向かって歩く」等の技術であり、さらに途中に障害物があれば、「それを回避して元の進路を維持する」という応用技術も求められる。  狭い空間の中でも「現在地の把握」「ルート策定」「移動方法の選択・決定」「人や物を避ける」という課題は存在し、そのすべてを達成するように合理的に訓練を進めなければならない。           a:保有視覚や聴覚を利用して目標物の位置を確認できれば、目標物に向かえる    b: 目標物の位置が認識できない場合、そこまでの誘導線(例:点字ブロック)や方向を示す手がかり(例:路面のLEDランプ)を利用する    c:目標物に直接向かう誘導線がない場合は、塀などの構造物を手がかりとして、それと平行な方向を定位して目標物へ向かう    d:目標物に直接向かう誘導線がない場合は、壁などの構造物を手がかりとして、それと垂直な方向を定位して目標物へ向かう(スクウェアオフ) 図7 視覚障がいのある人が目標物に向かう方法 かかと、ふくらはぎ、尻、背中、後頭部を壁につける 図8 スクウェアオフ               3)経路をたどる  マクロナビゲーションとミクロナビゲーションを駆使して経路をたどっていく。現在地と目的地に基づき、まず、マクロナビゲーションにより、目的地までの経路を決定する。経路は基本的には「単路を歩く」「角(交差点)を曲がる」「道路を渡る」の3種類の課題で構成される。各課題の構成順序が道順である。決めた道順を順次遂行していく過程でミクロナビゲーションが必須となる。例えば「障害物を回避した後、元の進路を維持する」という状況も発生する。障害物の形状次第で、例えば、円筒形の太い柱などでは、回避後の方向の定位が相当難しくなる[4.1 OMにおけるいくつかの行動特性、2)スクウェアオフと慣性力の影響 参照]。  経路をたどる際には、その基本要素である単路と交差点のたどりやすさが重要である。民地や車道との境界の明確化、車両交通との分離や棲み分け、道を不法に占拠する事物の撤去、道の方向を示す「線」(誘導用点字ブロックはこの一例であり、他にも軒先や舗装の境界が作り出す「線」がある)の作成など、歩行空間を整備することで、「初めての道」でも道を失わず、経路をたどることが容易になる。そのため、このような視点での歩行環境整備も望まれる。 2.3 オリエンテーションとモビリティのためのエイド  OM訓練ではエイドと組み合わせて、技術を教える場合が多い。触地図や白杖がその代表例である。 2.3.1 オリエンテーションエイド 1)触地図  OM訓練では、交差点の形状、建物内の部屋の配置、駅構内の通路や設備の配置、訓練経路を示す場合に、言葉での説明とともに地図がよく使われる。使用する地図は視覚障がいの程度によって、触って読む地図、触ると同時に目でも見る地図、目で読む地図の3つの形態がある。ここでは手で触って読む地図である触地図について中心に述べる。訓練で使われる地図は、各訓練生の能力、使用目的、視機能の程度などに合わせて訓練士が個別に作成することが多い。触地図を作るには次のような方法がある. (1)身近にある触素材で作る  段ボール、ボール紙、木材、布、ひもを台紙に貼付けて作る。 (2)鉄製の板上に棒状、板状のゴム磁石で作る  配置を簡単に換えることができる。現地で即座に地図を作り呈示することができる。 (3)レーズライター(表面作図器)で書く  専用のプラスチックシートに、先の尖った筆記具(例:ボールペン)で描くと図形や文字がそのままの形で浮き上がる。現地で即座に地図を作り呈示することができる。 (4)立体コピー機を使う  原図を立体コピー専用紙に複写して、専用現像器に通して熱を加えると、トナーのついた部分が膨張し、浮き上がる。希望するエリアの触地図を作成するサービス(例:触地図自動作成システム、新潟大学、2012)が試験運用されている。一般的に触地図は公的機関等に設置されていることが多いが、自宅周辺等、それ以外の場所は設置されていない。このサービスでは視覚障がいのある人が希望する地域を選択し、触地図の原図を作ることができる。 (5)真空熱処理成型器を使う  1970年代に点字や触図の複写機として開発されたThermoform Machine(真空熱処理成型器、米国American Thermoform Co.製)は、当時は視覚障がい者関連施設のほとんどに設置されていた。現在では学校を中心に使われており、地図作成より教材作成(例:幾何学図形の表示)のための利用が主である。サーモフォーム機を使って手作り触地図の複製を作ることができる。触素材を貼付けただけの手作り地図は、携帯に適さず、利用頻度が高くなると素材が摩耗し、素材がはがれ落ちることがある。一方、サーモフォーム機で手作り地図をBraillonというプラスチック製のシートに複写したものは携帯性に優れているだけでなく触察ヘの強さもある。 (6)その他  テンプレート、プレカットされた線分や図形と専用の板、紫外線硬化樹脂インクなどを用いた作製方法がある。  ある程度保有視機能があれば晴眼者の地図を単に拡大するだけで良いが、触地図の場合は晴眼者用の地図を原形のまま触覚に変換しただけでは問題がある。触覚の空間分解能は視覚の空間分解能を大きく下回るため、同じ大きさであれば触地図に含めることのできる情報量は視覚地図より著しく少ないからである。晴眼者用の地図を原型のまま触覚に変換した場合、情報量が多過ぎ記号表示が接近して読みにくいものとなる。  そのため例えば、視覚地図には車が進入できない幅の狭い路地まで表示されているのに対し、触地図には幹線道路だけが表示される。また、視覚が地図を一瞥して主要な箇所や経路の位置関係を認識するのに対し、触覚は指先で認識できる数センチの情報を記憶しつなぎ合わせてようやく認識に至るため触地図は大きくても両手のひらで覆うことができる大きさ以下がよいとされている(Bentzen,2010)。  触地図を作製するにあたっては視機能、必要な情報の種類と量、触察能力、などを考慮しなければならないが、情報量を増やせば記号が混み合うため触察が難しくなり、記号間の空間を広げれば地図が大きくなる。大きくなると全体を把握して各部分の相対的位置関係を理解することが難しくなってしまう。以上、難点は多々あるが、これらの特徴を考慮しながら使用者が触察しやすい触地図を作製することが重要である。 2)音声やテキストによるルート案内  経路地図、道順説明、道案内などともよばれる。ある経路を出発点から目的地まで順を追って説明する。説明には、目的地の方向、方向変換、距離、沿道の目じるし、取るべき行動(例:塀に沿って歩く)などが含まれる。情報は経路沿いに限定されるため、寄り道や道に迷った時に必要となる情報は含まれていない。進路指示には自分を中心とした座標(右/左、前/後)を使い、広い地域の地理的知識のない人であってもひとつひとつの指示を順に遂行することで目的地へ到達することができる。地図の形態は墨字,点字、音声などがある。その形態によって「言葉による地図」(narrative map)「音声地図」(auditory map)などと呼ぶこともある。近年は情報をテキスト、点字、音声などのデータとしてウェブ上に置き、必要な時にユーザがパソコンや携帯電話で閲覧したりダウンロードしたりして使うことができる(NPO法人ことばの道案内、2013)。または電話回線を介して、リアルタイムに音声説明を聞きながら歩くサービスもある(ClickAndGo Wayfinding Map、2013)。  OM訓練で訓練士が行う経路説明も「言葉による地図」の例である。訓練士は、訓練生の理解力、訓練課題、訓練場所などを考慮し、地図に含める情報や説明に用いる語句を取捨選択し、各々に合わせた速度で、訓練生が理解していることを確認しながら経路の説明を行う。 3)経路策定用地図  経路を策定するためには出発地、目的地およびその周辺地域との相互位置関係や距離などの情報が必要である。近年、地理情報システム(Geographic Information System, 以下GIS)が整備されるに伴い、誰もが地理空間情報を簡単に入手利用できるようになった(国土交通省国土政策局、2013)。GISを利用した道案内ソフトウェアも各種開発され、スマートフォンやパソコン上で、徒歩ルートの検索が瞬時に行える。縮尺や表示エリアの変更なども簡単に行うことができる。  米国では、地理空間情報と閲覧ソフトウェアがインストールされた外部記憶媒体(American Printing House for the blind, 2013)が販売されている。それをパソコンに接続すると、現在地の位置情報の検出を除き、GPSとほぼ同様のことができる。外出に先立って経路を考え予習したり、興味のあるエリア内の道路網や施設を調べたりすることができる。GPS受信器のない位置情報表示装置ともいえる。   4)GPS (1)GPS  GPS(Global Positioning System:全世界測位システム)は、GPS用の人工衛星を利用した位置計測システムで、複数の衛星から送られる電波を受信し、それぞれの衛星との距離から三次元での位置を同定する(ITS情報通信システム推進会議、2005)。図9は実際のルートの写真(左)とそこを歩いた時の歩行軌跡(右)をGPS(eTrex Legend HCx, Garmin社製)を使って記録し地図上に表示した(使用ソフトウェア:Garmin MapSourceTM)ものである。このように周囲に建物がない場所では精度が高い。       図9 歩行した道路(左)と歩行軌跡(右)  わが国では2009年8月に初の視覚障がい者GPS歩行支援システムの販売が開始された(エクストラ、2013)。このシステムは、GPS受信機と、地図データ(GIS)およびGPSナビソフトウェアを載せた携帯情報端末(PDA)で構成され、情報は音声および点字で呈示される。2012年1月にはトレッカーブリーズの日本対応版の販売が開始された。これは手のひらに納まる大きさ(129×60×29mm、重さ200g)で、GPS受信器,スピーカ、マイクが内蔵されている。情報の呈示は音声のみである。トレッカーブリーズは、①現在地点の位置情報、②現在地周辺にある施設情報、③登録されているポイント情報の検索、④目的地までの経路検索および経路案内、⑤ランドマーク登録、⑥移動経路の保存と案内、⑦仮想ナビ、等の機能を有している(エクストラ、2011)。 (2)歩行者用GPSの限界  現状の歩行者用GPSについては次のような限界が指摘されている。  ① GPSの精度は10m程度である(臼井、2009)。 ② 歩行者ナビゲーションシステムにはジャイロセンサーや加速度センサーなどを使った自律航法機能が搭載されていないため、建物内や高層ビルの間など電波の届きにくい場所では現在地が正しく表示されない(臼井,2009)。 ③ 歩行者の行動パターンは複雑である(右側/左側通行、民地内通行など)ため、マップマッチングを適用するのが難しい。 (3)実際に使用するときの注意点 ① GPSは進路上の障害物や目印、段差などを認識するための道具ではない。これらを認識するには保有視覚、あるいは白杖や盲導犬を使用する。 ② 「ミクロナビゲーション」のためには、測位精度と信頼性が不十分である。歩道上や道の端かどうかは、保有視覚、あるいは白杖や盲導犬を使用する。 ③ 現地で経路をたどるための道具(マクロナビゲーションツール)として使用する際には、あくまで補完的な情報源として使用すべきである。Ponchilliaら(2007a、2007b)の実験では、受信状況が比較的良い場合、現在地の同定や目的地への到達などの課題においてGPSを使ったときのほうが使わないときに比べてパフォーマンスが良好であったとの報告もあり、受信状況によっては主たる情報源ともなりうる。そのため、今後、使用する場合には、予め使用する地域の受信状況について情報収集する必要があるといえる。 ④ 地図データからポイント情報や経路を検索する仮想ナビ機能は、実際には道を歩かないため、測位精度と関係なく安心して利用できる。日本語版トレッカーブリーズの開発者は、視覚障がい者用ナビゲーションシステムを「地図情報を視覚障がい者に提供するシステム」「地図ブラウザ」とも位置づけている(石川、2005)。今後、地図データに歩道の形態、道幅など「ミクロナビゲーション」に有用なデータが搭載される可能性も考えられる。 2.3.2 モビリティエイド  モビリティエイドとは、視覚障がい者の歩行補助具のことであり、白杖、盲導犬(guide dog)、および電子式歩行補助具(ETA:electoronic travel aids)が代表的なものとしてあげられる。なお、視覚障がい者の移動様式のひとつに誘導歩行があるが、これについては別の成書に譲る(例えば、村上ら、2009)。 1)白杖  (1)定義  白杖は視覚障がい者の大多数が所持する表面が白い色をした杖である。身体障害者福祉法の補装具種目のなかに「盲人安全つえ」として分類され、直丈式と折りたたみ式のものがよく使われる。折りたたみ式は短くできるので、携帯に便利である。直丈式は長さを短くできないが、機構が簡単で、コストが低い。一般的な白杖を図10に示す。白杖は握り部(grip)、柄(shaft)、石突き(tip)から構成される。柄はグラスファイバー、軽金属、カーボン、アラミド長繊維強化樹脂など多様な素材が使われている。握り部には円筒形のゴム製のキャップが装着され、石突きは強化プラスチックのものが多い。夜間歩行時に杖の視認性を高めるため柄の全面に反射テープが巻かれている。 図10 白杖の構成 (2)沿革  事故や疾病のために視覚障がいとなった人は昔から存在したはずであるから、世界にはさまざまな形状の杖があったと思われる。リチャード・フーバー(Richard Hoover)によれば、旧約聖書創世紀27章1節で、視力を失いつつあるイサクが羊飼いの杖を用いて歩いたのが杖の歴史的記述の最初であるという(関、1982)。  日本では、中世・近世に盲人の権威者がもつ「検校杖(げんぎょうつえ;全体が精巧な螺鈿(らでん)細工で装飾されている)」という象徴としての杖があった(岸、2013)。戦争(日露戦争)で負傷した兵士に軍などから「恩賜の杖(おんしのつえ)」(番号が記されたケヤキの一本杖、朱の漆塗り、紫の房つき、握り部と石突きは水牛の角製)が送られた(岸、1984)。越後の「瞽女(ごぜ)」が歩行する際、杖を持っていたという記述が至るところに見られる。杖の色について木下(1939)は、材料の自然の色、塗料を塗るなら地位、身分に応じた色と記述している。  今日、使われている白杖は、1914年(大正3年)に始まった第一次世界大戦におけるフランスの失明軍人を中心に使われたことに始まり(Putnam、1979;戸井、1981)、イギリスに広まり、カナダを経てアメリカに伝わった。  世界で初めて白杖に関する法令が成立したのは、1930年(昭和5年)、アメリカ合衆国のイリノイ州ピオリアで、翌1931年、カナダのトロントにて開催された国際ライオンズクラブ大会において白杖を視覚障がい児・者の歩行補助具にすることが決議された(芝田、2011)。  第二次世界大戦中にアメリカで白杖歩行に関する系統だった研究が開始された。フーバーがその仲間のブレッドソー(Warren Bledsoe)とペンシルバニヤ州、ヴァレー・フォージ陸軍病院(Valley Forge General Hospital)において軽いアルミニュウム製の長い杖(Long Cane)を使う白杖操作法を考案し、視覚障がい者は歩くとき、ひと足ごとにこの杖を左右に振ることで前方の足元の安全を確認することができるようになった(Putnam、1979;戸井、1981)。  日本において法的な視覚障がい者と白杖の記述は、1950年(昭和25年)、身体障害者福祉法において視覚障がい者に補装具として白い安全杖の交付が決められたこと、1953年(昭和28年)、道路交通取締法において白杖を携行する視覚障がい者への配慮がうたわれた(視覚障がい者以外は携行してはいけない)ことであった(関、1982)。 (3)役割  視覚障がい者が歩行で使う白杖には主として次の3つの役割がある。 ① 前方の路面上にある障害物の探知:障害物の有無を確認し、障害物があった場合、それとの接触、衝突を防止する(図11)。また、白杖が物に当たったときの感触や音色でその物の情報も得られる。 ② 前方の路面における着地点の安全確認:下り段差、穴、プラットホーム縁端部など、足元の安全を確認する(図12)。また、路表面の性状や傾斜なども探知する。 ③ シンボル:白杖を持つことで周囲に視覚障がい者であることを理解してもらう(図13)。 図11 前方の路面上の障害物を探知する 図12 前方の路面の落ち込みを探知する 図13 周囲に視覚障がい者であることを示す (4)白杖の長さと歩幅、および足の運び  ユーザに合った長さの白杖で、適切な歩幅および振り方で歩くと、あらかじめ前方の路面の着地点の安全を確認できる。まず白杖の長さは、ユーザが起立した姿勢で白杖を体側にそって立てたとき、白杖の一端が脇の下に届く長さが一つの目安となる。歩幅については極端に狭くも広くもなく、普段の歩容を意識する。足の運びと白杖の振り方はフーバーによって提案された方法が用いられ、右足を踏み出すときに白杖先端を左へ振り,次に左足を踏み出すときに白杖先端を右へ振るようにする。以上の手続きに基づいて白杖を振り、歩行した様子を描いたものが図14である。着地点があらかじめ白杖の先端で走査されているのがわかる。一方、白杖が長かったり、歩幅が狭かったりすると、着地点の安全を事前に確認できなくなる(図15、図16)。 図14 フーバー法による白杖の振りと足の運び 図15 長すぎる白杖を使った場合 図16 歩幅が狭すぎる場合 (5)石突きの種類  白杖が路面と接する部分を石突きとよび、路面との滑りを良くし、そして路面のザラつき、凹凸、硬さ等の情報をユーザに知らせる役割を負う。現在、石突きは、スタンダードタイプ、ローラーチップ、およびパームチップの3つが主流である(図17)。スタンダードタイプは円筒形で、ペンシルチップともよばれる。低価格のため、これを使うユーザは多いが、細いので路面とのひっかかりも多い。ローラーチップにはベアリングが内蔵され、石突きが回転するので、路面とのひっかかりは少ない。パームチップは最近の開発品で、白杖の柄との接続部分に特殊なゴムが使われているので、小さな段差に石突が接触したとき、その衝撃が緩和されるような構造になっている。 (a) スタンダードタイプ (b)ローラーチップ (c)パームチップ 図17 石突きの種類(写真提供(a,b)㈲ジオム社,(c)テイクス社) (6)操作方法  白杖の操作方法には、2点接地法(トゥー・ポイント・タッチテクニック、two-point touch technique)と常時接地法(コンスタント・コンタクト・テクニック、constant contact technique)が知られている。  ① 2点接地法  白杖はへその前に構えた手首を支点に左右均等に弧を描くように振り、振り幅は肩幅よりやや広めが基本である。このとき、石突きを路面から浮かして振り(弧の中央で路面から3~5cmm),左右両端で石突きが路面に接触する方式を2点接地法(図18)という。2点接地法は主に前方の路面上にある障害物(柱状物体や壁状物体など)を探知するのに適している。 図18 2点接地法による白杖の操作  ②常時接地法  常時接地法は2点接地法とは異なり,石突きを常時路面に触れたままで左右に振る方法である(図19)。常時接地法は、路面の状況をより詳細に知りたいとき、路面の落ち込み(下り段差や階段、蓋のない側溝など)を見つけたりや落ち込み部の端を伝い歩きしたりするときに適している。  常時接地法の変形として、タッチ・アンド・スライド法(touch and slide technique)とタッチ・アンド・ドラッグ法(touch and drag technique)がある。前者は石突きを路面から浮かして右側(左側)に接地させた後、すぐ左(右)に戻さず、石突きを路面に付けたまま前に滑らせる。その後、石突きを路面から浮かせて左側(右側)に振り、再び杖先を路面に付けたまま前に滑らせる(図20)。前方に下りの段差や階段があることを知っており、その降り口の場所を探知する際にこの方法は適している。後者は、石突きを右側(左側)に浮かして振って接地させた後、石突きを路面から離さずに左側(右側)に杖を引きずる(図21)。進行方向の一方に下り階段の降り口があることを知っており、その至近を通過して、さらにその先に向かわなければならない場合、この方法で階段口を探知し、それを手がかりにして直進する。 図19 常時接地法による白杖の操作 図20 タッチ・アンド・スライド法 図21 タッチ・アンド・ドラッグ法 (7)限界  白杖で走査できる空間は実効的には限定されたものであることを銘記しておかなければならない。すなわち、視覚があれば近傍から遠方までの路面状況やその周囲を広範にとらえうるのに対し、白杖では体前面の限られた範囲の路面凹凸や進路上にある障害物を粗く検知できるにすぎない。さらに、通常の使用では上半身が全くカバーされていないという問題がある。 2)盲導犬  (1)定義  盲導犬は、「身体障害者補助犬法」(2002年、平成14年施行)で認定された特別な訓練をうけた犬で、ハーネスをつけて視覚障がい者と一緒に歩く犬をいう(図22)。道路交通法(1978年、昭和53年施行)や身体障害者補助犬法における定めにより、公共施設や交通機関をはじめ、飲食店やスーパー、ホテルなどさまざまな場所に同伴することができる。日本では盲導犬種として、ラブラドール・リトリーバーやゴールデン・リトリーバー、およびそれらの交配種(1代雑種)が用いられている(日本盲導犬協会、2013)。 図22 ハーネスを付けた盲導犬とユーザ (2)沿革  古くは紀元前百年のころ、盲目のドイツ王が、盲導犬を所有していたとされていた。また、ポンペイ遺跡の壁画には盲人と思われる男が犬に引かれて市場を歩く姿が描かれている。六世紀には、盲目の聖ヘルブが白い小型犬に導かれてフランスのブルターニュ地方をめぐったといわれている。さらに13世紀の中国の絵画にも盲人を引いて歩く犬の絵が描かれている。15世紀以降は、レンブラントなどの画家も犬を連れた盲人の絵を数多く残している(Putnam、1979;戸井、1981)。  現在のように盲導犬として科学的、組織的に訓練されるようになったのは19世紀に入ってからのことである。本格的に系統だった盲導犬の訓練が開始されたのは第一次世界大戦中のドイツ、オルデンブルグ盲導犬学校で、急増した戦傷失明者を社会復帰させるためであった。年月を経てドイツの訓練学校の成功が赤十字に認められて世界に広まるきっかけとなった(平野、1997)。  アメリカではドロシー・ハリスン・ユースティス女史の貢献が大きい。同女史は、スイスで赤十字や警察のためにシェパードの繁殖、訓練を行っていた。盲導犬に興味をもちドイツのポツダムにある盲導犬訓練所を視察して大変感銘をうけ、その感動をアメリカの週刊誌に発表したところ、記事を読んだ一人の盲青年から盲導犬を入手したいとの手紙をもらった。それがきっかけとなり、ユースティス女史らは1929年、アメリカ、ニュージャージー州のモーリスタウンにシーイング・アイ盲導犬学校を設立した(葉上、2009)。  日本では1887年(明治20年)発行の「独訓盲書」に盲導犬に関する記述がある(平野、1997)。それから時が経ち、1938年(昭和13年)、一人の盲大学生ジョン・フォーブス・ゴルドン(27歳)が盲導犬(シェパード)を連れて世界一周の船旅の途中で立ち寄り、2週間滞在した。日本には当時まだ盲導犬はいなかったこともあり、そのかいがいしい誘導ぶりが衝撃と感動を与え、これが日本で盲導犬育成が始まるきっかけになった。ゴルドンはアメリカのシーイング・アイ盲導犬学校の設立初期に訓練を受けた一人だった。1939年、ドイツから4頭の盲導犬(シェパード)が日本に輸入され、日本での訓練を経て失明兵士に渡された。その後、ドイツからの輸入犬と日本の軍用犬を掛け合わせた千歳が生まれたのを初めとして、10頭程度の和製盲導犬が完成した(葉上、2009)。そして、1957年、戦後初の盲導犬チャンピイの誕生(塩屋、1981)を経て、本格的に盲導犬の育成が始まることとなった。 (3)役割  盲導犬の最も重要な役割は、ユーザの安全なモビリティを支援することである。盲導犬の仕事として次の6つをあげることができる(東日本盲導犬協会、2013;塩谷、1981)。  ① 道の左端を歩く  ② 障害物をよける  ③ 十字路など、道の角でとまる  ④ 階段など段差の手前でとまる  ⑤ ユーザの指示した方向にすすむ  ⑥ 利口な不服従  「利口な不服従」とは、ユーザの指示があったとしても、それがユーザの安全を脅かすものであれば従わないことを指す。例えば、ユーザが道路横断を指示しても、車が接近していれば、それに従わず、安全な横断が可能になるまで、その場で待機する。 (4)効果と限界  現在わが国において、実働している盲導犬の数は約千頭といわれている。盲導犬を育成するには、犬の素質の見極めから始まり、厳しい訓練を経なければならず、そのコストは相当なものとされ、簡単に増やすことはできない状況にある。  いわばエリートとされる盲導犬でも、安全なモビリティには貢献するが、オリエンテーションについては無力であることに注意を払っておく必要がある。つまり、「A駅まで行きなさい」と盲導犬に指示しても、連れていってくれない。駅までの道順は主人が把握しておき、盲導犬に指示を出さなければならない。盲導犬は角や段差を見つければそこで停止するだけである。その後、どちらに行くかは主人が指示しなければならないのである。  しかしながら、白杖による単独歩行に比べれば安全性は高く、安心感も大きいとされる。盲導犬歩行時と白杖による単独歩行時の心拍数を比較したところ、前者の方が低かったという報告(Shimizu & Tanaka,1986)はそれを物語っている。また、盲導犬のユーザの中には、盲導犬と歩く時の、開放感、安心感を口にする人が多い(Koda et al., 2011)。盲導犬がミクロナビゲーションの負担を減少させていると考えられる。  なお、盲導犬はモビリティエイド以外に、コンンパニオン・アニマル(仲間、友達、連れ)としての側面も有しているが(Frank el al.,2010)、本書では深く立ち入らない。 3)電子式歩行補助具 (1)沿革  白杖の欠点や限界を克服するために、電子技術を用いて障害物検知あるいは環境認知を行う装置が開発され、それらを総称して電子式歩行補助具(ETA;Electronic Travel Aid)とよんでいる。  ETAの歴史は19世紀の終わりごろにエレクトロプサルム(Elektroftalm)という装置がヨーロッパで開発されたという記録にまでさかのぼるが、現在のETAにつながる装置の開発は第二次大戦中に米国で始められている。その後、数十種類のETAが開発されが、評価に耐えて残っているものは現在数種類に過ぎない。しかしながら、その使用を街中で見ることはほとんどない。 (2)役割  多くのETAでは、レーザー、赤外線、超音波などを対象物の検知に用い、ユーザにはその結果を振動あるいは音響で保有感覚に伝達する方式がとられている。ETAはその特性別に2種類に分類される。1つは、障害物検知や進路探知するものであり、障害物が移動進路の方向にあるとその存在や向きを知らせるものである。もう1つは、さらに情報量の多い環境認知型で、最近の代表的な製品であるK’sonar(図23)は超音波の送受により、前方の物体までの距離を軽量の開放型ヘッドフォンから音の高低で与える。さらに、超音波の放射角度が狭いので、物体の方向も容易に把握でき、さらにその音色で表面の性状もわかるとされる(Roentgen et.al., 2008)。  また、音声で情報を与えるトーキングサインというシステムも開発されている。このシステムは、電子ラベルと携帯型レシーバから構成され、電子ラベルは建物の出入口などに設置され、「ここはコンビニです」などの案内メッセージを赤外線信号で送信する。携帯型レシーバは電子ラベルから発信される赤外線信号を受信して音声に再生し、ユーザは案内メッセージを手元で聞くことができる。赤外線の指向性を活かして、目標物(電子ラベル)の方向探知(方向定位)がし易い、また手元のレシーバで音声を聞くことができ静かであるなどの特徴があるので、ショッピングモールにおける商店の場所案内などに適している(Bentzen, et.al.,1995)。 図23 K’sonar(写真提供 BAT Japan) (3)限界  長年ETA開発の努力が試みられたが、それが白杖に比較されるような普及をみないのはコストや重量、見栄えの問題だけにとどまらないと思われ、以下にあげるような要因が考えられる(田内、大倉、1995)。 ① 単独歩行中の視覚障がい者がETAに頼らなければならない状況は移動全体のなかの一部に過ぎず、まれにしか使用しない道具を携帯したり、スイッチのON/OFFを行ったりすることは煩わしさとともに自然な歩行の流れを著しく妨げる。 ② ETAは触覚や聴覚などの保有感覚を経由して環境の情報を伝達するが、ユーザの方ではこれらの情報をデコードして視覚的情報に読み替えるため、視覚と同様な処理速度と処理量が得られがたく、その間、移動その他の行動が妨げられる。これは、特に、中途視覚障がい者には顕著と考えられる。 ③ ETAの出力が触覚や聴覚を経由して入るため、環境からの触覚的、聴覚的情報と干渉する。 ④ ETAを視覚代行器として使う場合、触覚と聴覚的情報だけでは脳内における環境情報再現時の忠実性が視覚に比べて劣り、再現性を上げる工夫として情報量を増大すればユーザ側の情報処理チャネルの飽和や処理時間の延長を招く。  過去に開発されたETAのほとんどが常用されないのはETAからの情報がオリエンテーションとモビリティに貢献する割合に比べて、その処理に要する負荷が大きすぎるという可能性があげられる。視覚障がい者は保有感覚から得る情報を最大限に使用して環境把握に努めているため、それを完全に補償しうる質の高い情報が得られなければETAに依存することは難しいであろう。  しかしながら、ユーザの単独歩行時の情報処理特性を踏まえ、ETAの使用を特定環境内、あるいは特定目的に限定すれば、使用に耐えるETAの開発は可能であると考えられる。 3 移動を支援する環境 3.1 視覚障がい者用の移動支援設備が必要な理由  視覚に障がいのある人の受障時期をみると、圧倒的に成人後が多い。つまり、ほとんどが中途視覚障がい者である。視覚に障がいがあると、ひとりで移動するのが困難になるが、早期であれば盲学校等で同じ障がいのある先輩や先生がアドバイスや情報をくれた筈で、今のような歩行訓練士(視覚リハ専門家)によるOM訓練がなくとも、時間をかけて練習したに違いない。しかし、中途で視覚障がいになった場合は、リハビリテーションセンター等で職業やOM訓練を受けることができれば良いが、そうでなければ家に籠るしかないというケースも未だに少なくないと考えられる。  歩く場所や歩くための条件が整えば、効率よくOM技能が一定水準に高められる可能性が高いが、わが国において、それはなかなか容易ではないのが現状である。特に歩く環境に関する適切なアドバイスをもらえる人の存在、およびOM訓練を受けるチャンスの提供については量的に、質的に劣っているのと言わざるを得ない。  しかし、日本の特徴としては、単独で移動する視覚障がい者のための支援設備が他国に先行して発達していたという点が注目される。移動支援設備の発達には、人的支援に慣れていなかった、社会の障がい者の見方に関する転換が遅かったなどの理由があげられているが、視覚障がい者の移動における高いニーズを把握して、点字ブロックや音響信号機を考案し、発達させてきた経緯は大切にしていかなければならない。これによってユーザは移動の効率性や安全性が高められてきたのは確かである。  時代が進んで、日本のみ異様とも思えるほど進んでいた点字ブロックの敷設や音響信号機の設置が現在では世界的に珍しいものではなくなってきた。これは、人的支援が主に考えられてきた欧米において、障害があっても単独で自由に、自在に人の手を借りなくても移動することの重要性が強く認識され、社会がその支援に向かっていることに他ならない。そのため、現在では、ユーザや環境の特性を踏まえた製品開発や敷設が行われるようになってきている。これからは、これら設備の設置者の考えや姿勢もグローバルな観点から問われる時代になってきたと言える。 3.2 視覚障害者誘導用ブロック(点字ブロック) 1)定義  点字ブロックは視覚障がい者が歩行する路面(床面)に突起を配列したものである。その突起は路面よりも若干隆起しており、足や白杖で検出が可能である。円盤状の点状突起とよばれるものと平たく長細い線状突起とよばれるものの2種類があり、その形状によって提供する情報が異なる。すなわち、点状は注意喚起または警告を標示し、また線状は移動方向に関する情報を与える。 2)沿革  最初の点字ブロックは1965年に、日本の発明家であった三宅精一と視覚障がいを有していた日本ライトハウスの岩橋英行らによって開発された点状突起を有するものであった(図24)。点字ブロックという名称は、最初に作られたものが、高さ約5mm、上部の直径25mm程度の円盤状の突起を30cm角のコンクリートブロックの辺に平行に配列(横6列×縦6列)したものであり、その見えが点字を連想させることに由来すると思われる。また、ブロックとよぶのは、当時の歩道の敷石に30㎝角で厚さが5㎝程のコンクリート等の素材の塊(ブロック)を用いていたためで、その後、点字ブロックは固有名詞として薄いタイルの上に突起をつけた物でも、また突起を単体のピンとして床面等に固定したものに対しても用いるようになった。  点字ブロックが最初に設置されたのは横断歩道の手前の歩道上(横断歩道渡り口)であった。なぜそのような場所が選ばれたかは、視覚障がい者にとって歩道と車道の境界がわからないと、信号待ちや自動車の通行待ちをする際に車道に出てしまうなどきわめて危険な状況が生ずるためであった。その後、点状ブロックの普及が進み、視覚障がい者の移動支援にとって重要な設備であるという認識が高まり、1975年には点状ブロックに加えて細長い突起を平行に配列し、進む方向を示す線状ブロックが新たに製作された。点状ブロックは警告ブロックという呼び名から明らかなように、視覚障がい歩行者にとって危険があると思われる場所、例えば横断歩道渡り口、駅プラットホーム、階段上部に単独で設置されるものであったが、線状ブロックの開発によって点在して存在していた点状ブロックの「島」が線状ブロックによってつながれるようになり、ここに点字ブロックは視覚障害者が移動する際に利用する連続的に敷設された誘導用装置、すなわち「道」という概念が生じるようになった(図25)。現在では、特に危険が高いと考えられる鉄道の駅舎において出入り口からプラットホーム上まで系統的かつ連続的に敷かれるようになった。  線状ブロックの開発によって点字ブロックを移動の連続的手がかりとして用いるという新しい使用法が生まれたため、点状ブロックと線状ブロックを組み合わせて、誘導路の曲がり角や分岐等を示すための敷設方法に関する検討もされ(日本道路協会、1985)、現在の点字ブロック敷設の基礎が固まった。線状ブロックはその線の方向が進むべき方向を示しているため、誘導用のブロック、すなわち誘導ブロックと称される場合もある。また点状ブロックは警告を表すのが主な機能であったが、誘導路の途中に挿入して使う用途が生じたので、注意喚起用ブロックとも称されるようになった。    図24 最初の点字ブロック      図25 点状と線状ブロックによる誘導路   3)機能  点字ブロックは歩行面(路面、床面)に設置し、足底や白杖でその存在を触覚的に検知したり、突起の形状を認知したり、2種類の突起間の識別を行うことによって情報を得て移動時の安全を確保したり、移動の容易性を高める装置である。  点字ブロックは全盲者だけでなく、条件が良ければ視覚的にも点字ブロックが検出できるロービジョン者も利用する。その場合には、視覚的な配慮、すなわち設置路面との明暗や色彩のコントラストが重要になる。  現在の日本において標準化された点字ブロックは、主に足底での利用を前提に試験がなされたものである。突起の高さも屋外のさまざまな路面環境においても検出できるように5㎜以上を確保している。しかし、色や設置路面との間の明暗コントラストについては研究結果が反映されていない。詳細は規格化の項において述べる。   4)ガイドライン及び規格化 (1)ガイドライン  日本における点字ブロック敷設のためのガイドラインは大きく二つにわかれる。一つは旧建設省の関与による視覚障害誘導用ブロックの敷設(日本道路協会、1985)で、主に歩道を想定した敷設のガイドラインになっている。さらに建設省では建築物の構内、外及び建物内を対象としたハートビル法に基づく敷設のガイドラインも存在していた。もう一方は、旧運輸省の関与による旅客ターミナル、主に鉄道駅舎やプラットホームにおける敷設の手引き(運輸省、1983)に端を発する流れのものがある。現在は、建設省と運輸省が統合されて国土交通省になったが、やはり鉄道と道路(歩道等)に関しては違う部局の担当となっている。法律としては2006年に、ハートビル法 (高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)と交通バリアフリー法(高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)が一本化され、バリアフリー新法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)となって道路、建物、鉄道等が一つの体系にまとめ上げられたが、ガイドライン等はやはりそれぞれに分けて利用されている。  このように、点字ブロックの敷設は、道路、建物の構内・構外、駅等の敷設個所によって大きく分かれ、共通点もあるがその構造的な特徴もあって独自の考え方や敷設法が必要な場合がある。それぞれに、どのような点字ブロックが適切か、またどのように敷けばよいかについては、最初に点字ブロックが敷設された歩道については実験等により実証的に検討が行われたが(岩橋、1983)、他についてはほとんど系統的な検討が行われてこなかったという経緯がある。また、歩道についても、データが文献として詳しく記述されたものが残っているわけではない。そのように点字ブロックの選定や設置に関する基盤が整備されていないなか、非常に多様性のある現場での設置において問題が発生するであろうことは容易に想像できる。おおむね典型的な配置例が示されているのみで、かつ示されている設置方法の根拠が明らかにされていなければ、環境の制約もある中では多様で統一性のない敷き方になってしまう。それでは最適とはいえないばかりでなく、利便性や安全性についても問題のある設置が行われてしまうことになる。  このようにガイドラインの内容や標準の整備が伴わなかった事情もあって、点字ブロックはその突起形状、サイズや配列のみならず、歩行現場での敷き方についても多様化が著しく進んだ状況が進行した(図26)。そのため、点字ブロックの規格化への願望はユーザのみならず設置者からも出ていたが、数多くある点字ブロックの亜型(サブタイプ)の中からどれを選択するのが最適かに対する答えは誰も持ち合わせていなかった期間が長く続くことになった。    図26 さまざまなタイプの点字ブロック   (2) 規格化  そのような中、1991年にオーストリアから点字ブロック(音響信号機も同時)に関する国際規格案のCD(ISO=International Standard Organization、日本ではアイソあるいはアイエスオーと発音する、 CD=Committee Draft)が同作業委員会(WG=Working Group)のメンバー国でもあった日本に届けられた。その当時、点字ブロック敷設が歩道や鉄道駅等に実際に普及していた国は日本が最も顕著であり、次いで英国で歩道を主体に、またフランスで駅プラットホーム主体に敷設が進められているなど、国際的には敷設の黎明期といえる状態であった。日本としては問題を抱えているにせよ、国外から一方的に標準が決められることに対して危機感が生じ、投票においてはコメントを付けて「否」を唱えることとなった。その後、何度も国際会議が開かれたが、ISOのメンバー国をはじめ世界各国で点字ブロック開発と敷設が進められつつある状況で、なかなか着地点が見出せずにいた。日本は点字ブロック開発国であり、敷設量も多いが、現状を維持させ、かつ発展させるためには、国内標準を持っていないという弱点をカバーすることがISOに日本の考え方を入れるためにも必要な状況であった。  そこで、日本としては点字ブロックの国内標準化に踏み切ると共に、そのデータを基礎に国際標準化でリーダーシップを取って行くことが課題となった。日本での標準(JIS:Japanese Industrial Standard;ジスと発音)作成をめざすことが1996年に決定され、そのためには綿密な研究を実施することが必要と考えられた。通商産業省が標準基盤研究のテーマとして取り組みを開始し、日本工業標準調査会医療安全用具部会に、「視覚障害者誘導用ブロックの標準基盤研究推進専門員会(委員長:末田統)」、製品評価技術センターに「視覚障害者誘導用ブロックの標準化に関する測定技術確立委員会(委員長:田内雅規)」が設置され、標準化のための基盤研究が1997年から開始され1999年まで続けられた(通商産業省,1998,2000)。その基盤研究では、既存の点字ブロックを比較するというものではなく、点状及び線状ブロックの双方について、突起の高さ、大きさ、間隔等を系統的に組み合わせて効果を調べる客観性のある科学的研究とした。これは、障がい者の設備等に対して科学的研究を行う必要があることを示す範とするためと、客観的データが国際標準策定において日本の強力な武器になると思われたからである。障がい特性や属性の異なる多様な視覚障がいのある多数の方々を協力者に、点字ブロック上を歩行する際の検出性、点と線状突起の識別性、線状ブロックと点状ブロック組み合わせた誘導路における突起切り替わり判別性及び歩行快適性等の観点から徹底した研究が行われた。これによって、ついに日本でも点字ブロックの国内標準(T9251、「視覚障害者誘導用ブロック等の突起の形状・寸法及びその配列」、図27)ができ、それまであったさまざまな点字ブロックの突起形状や配列が本標準化以降は統一される基礎ができた。      図27 視覚障害者誘導用ブロック等の突起の形状・寸法及びその配列(JIS T9251)  日本はその結果を国際会議に持ち込み、ISOの早期成立をねらったが、点字ブロックの国際化(多様化も同時に進行)が急速に進んできたこと、また点字ブロックの突起形状やサイズの問題のみならず、ロービジョン者の利用を考慮した点字ブロックの色や明るさについても焦点になって関心を集めていたものの、残念ながらどの国も数値を決定のためのデータを持ち合せていなかったため、さらに長期化が予測された。そこで、日本ではロービジョン者を対象とした点字ブロックの明るさや色に関するデータを取得し、ISOや新JIS作成に寄与するための研究を経済産業省が(独)製品評価技術基盤機構(NITE)に要請して「視覚障害者誘導用ブロック等の視認性に係る標準化業務」が開始されることになった(通商産業省、1998)。研究の実施に当たっては、「視覚障害者誘導用ブロック等の視認性に係る標準化推進委員会」(委員長:末田統)、「視覚障害者誘導用ブロック等の視認性に係る標準化推進ワーキンググループ」(主査:田内雅規)が当たることになり、研究が2005年から2008年まで実施され、世界でも類を見ない規模の研究によりロービジョン者の視力や色覚に関する貴重なデータが得られた(三谷ら,2009a,2009b)。ISOでは主に日本のデータを元にした合意案が作られ、1991年からの懸案であった点字ブロックの国際標準が2012年3月1日に正式に発行された(ISO23599, Assistive products for blind and vision-impaired persons -- Tactile walking surface indicators)。日本では、これを受けて上記JISの改訂が行われた(2014年5月20日発効)。  ISOとJISの内容的な違いで特に大きなことは、日本の標準では点字ブロックの主に単体としての形状に留まっているのに対してISOでは更に敷設上の注意や敷設の仕方についても言及されているところである。またISO発行を受けた新JISでは色や明るさ及び敷設法については盛り込まれないことが確認された。  標準化の問題点として、一回これが作られると唯一無二のように取り扱う傾向が出て来るのは残念なことである。特に現代の移動環境、社会環境、科学技術の変化は激しく、また点字ブロックユーザである視覚障害者のOM技術や移動に対する考え方も変化していくことを考えると、標準化は発達の一つの段階に過ぎず、定期的に見直してゆくための基盤とみなすことが大切である。ちなみに国際標準は5年ごとに、また国内標準は少なくとも5年に1回の見直しの機会を設けることが規定されており、それに向けた準備が肝要である。   5)点字ブロックの設置箇所と敷設法  点字ブロックのうち、点状ブロック(警告、注意喚起用)が利用される箇所は、わが国では主に横断歩道の渡り口(図28)、駅プラットホーム、階段の上り口、下り口である。線状ブロックが点状ブロックに次いで導入された後、誘導路すなわち「路」という概念が新たに生じ、点字ブロックの歩道上の誘導路ネットワーク、駅舎内の誘導路ネットワーク、公共建築物内における誘導路ネットワークなど、それぞれでネットワークが形成されるようになってきた。そのようになってくると管轄の違う主体によるネットワーク間の接合や、それぞれのネットワーク間での敷設方法の違いも生じ、ユーザにとっては不便が生じるが、法の統合(例えば新バリアフリー法)等によって徐々に従来のような問題は少なくなりつつある。  図28 横断歩道の渡り口における点字ブロックの敷設    点状ブロックによる警告機能というのは点字ブロックの原点であり、そのため現在の世界における点字ブロックの普及状況を見ても点状ブロックに限られている場合が少なくない。線状ブロックを用いた誘導という概念は日本では当然と受けとめられているが、実は諸外国では未だ余り馴染みのない考え方である。しかし今後、国外でも徐々に線状ブロックが普及することが予測されるため、点字ブロック開発と普及を先駆けて行ってきた日本における概念整理と明確化及び安全と利便を考慮した敷設法の確立を進めて行く必要がある。日本は幅が30cmある点字ブロックを敷いているが、諸外国では倍の幅が必要であるという意見が強く、日本でも環境条件によって30~60cmの間の幅を環境に応じて用いる方向が望ましいであろう。  横断歩道渡り口は点字ブロック(点状ブロック)が最初に設置された箇所であるが、そこに敷設される理由としては、横断歩道渡り口の位置を示すこと、横断歩道と車道の区別を明確にして安全な待機位置を確保することにある。また、敷き方が適切であれば、横断歩道の方向を指し示すことも可能である。市街地の移動では歩道に沿って歩くことと、車道を横断することが必須であり、前者は利便や効率の問題が主であるが、後者は自動車交通の流れを横切ることになるため、限られた時間内に正しい方向に向けて歩行して目標地点に到着しなければならないストレスの高い作業である。現在は交差点コーナーの隅切りの影響もあり横断目標の方向を示す手がかりが少ない。岡山県では以前から車道に一番近い部分の点状ブロックの一部を線状ブロックに変えて方向を示す工夫がなされている。現在、未だに横断歩道における視覚障害者の移動支援は万全でなく、道路横断帯(エスコートゾーン)、音響信号機とのコラボレーションも重要となっている。  駅のプラットホームは横断歩道の渡り口とともに点字ブロックの最も重要な敷設場所であり、視覚障害者のプラットホームからの転落事故がしばしば起きることを考慮すると、現在の敷き方に対して何らかの反省が必要であることは言うまでもない。現在、いわゆるホームドア等の設置を最善の解決法として対応が進められているが、これが全国的に普及するのは未だ時間を要する様相である。プラットホーム上の安全性を高めるために、過渡期的には2001~2002年に研究開発された「鉄軌道駅プラットホーム縁端警告用内方表示ブロック(以下、内方線付き点字ブロック)」(図29;交通エコロジー・モビリティ財団、2002)の普及も同時にめざす必要がある。内方線付き点字ブロックは、①プラットホーム上に敷かれる点状ブロック幅(30cm)を広げる効果、②ホーム縁端部と内側の方向性を示すこと、また③ホーム長軸に沿った移動の際に杖等でたどることが可能、という少なくとも三つの側面を持っている。ホームドア等導入の促進は望まれるが、その完全普及が達成されていない現状では、今の点字ブロックの形や敷き方のどこに問題があるのかを追究して行くことが真の障がい理解につながると思われる。また、ホームドア等が付けられても、点字ブロックはホーム移動や列車の乗り口を知るために必要であり、その敷き方についてもさらに検討や統一性が必要である(国土交通省,2010)。その後、ホームドア等の設置に伴うホーム縁端部の点字ブロックの敷設に関して検討が行われ、2018年3月30日に改訂された「バリアフリー整備ガイドライン(旅客施設編)」に反映されている(国土交通省,2018)。      図29 内方線付き点字ブロック    階段における点字ブロックの警告的標示は下り時の転落予防に対するものが主となる。その意味では階段への点字ブロックの設置は上部のみに必要であり、下部には不要ではないかという議論もある。しかし、現状では階段下部についても下り終わった時に確かに階段が終わったというサインになること、また上る時にも階段の存在と始まりを示すという点で上下部につけることが推奨されている。現在、日本では上も下も階段との間を30cm空けるように設定されているが、国際規格では、下部は間を空けずに階段に付けて設置するように規定された。これは、特にヨーロッパのいくつかの国においてロービジョンのユーザが階段を下りる時に30cmの間隙が階段の一段に見えてしまい、点字ブロックまでもう一段あると勘違いして「空踏み」して、転倒や身体に衝撃を受ける事故が多発しているためとされている。日本では長年の間、空けて敷く敷設法が普及し、ユーザも知識があり、それに慣れているということもあってか、今までそのような原因による転倒事故は報告がみられない。これについては現状を維持するか、問題が起きないならISOに準じるか、今後の検討課題と思われる。  最近の新たな設置場所としては路面電車のホームもあげられているが、幅が狭いこともあって十分な設置幅を確保することが難しい例も多い。  今後とも点字ブロックのさまざまな場所における敷設方法や誘導路のネットワーク化を巡って継続的な議論や研究が必要な状況であり、その結果をガイドラインや規格に反映させて安全で便利な敷設方法を考案していくことが望まれる。 6)今後の課題  点字ブロックにおいて、その形状や性状、また敷設の仕方は今後さらなる検討のニーズの高い課題である。  現在、点字ブロックで国際的によく議論される事柄の一つに突起の高さがある。世界規模で人口の高齢化傾向が起きているが、同時に増加している杖歩行者や車いす利用者が点字ブロック上を通行する際、転倒防止や振動緩和を考慮するべきではないかという議論がある。点字ブロックの国際規格では、4.5mmまで可としているが、日本のJIS規格では5.0mm以上6.0mm以内としている。5~6.0mmという高さはさまざまな路面状況でも点字ブロックの存在を触覚的に確認できるようにするためには必要であるが、設置面の平滑性(表面の平坦さやタイル間目地の狭さなど)が保証されるのであれば、点字ブロックとしての機能を減少させずに他者への影響を減らすことが可能かもしれない。我々も点字ブロックの将来を考慮して突起の高さに関する研究を行っている(中村ら、2008、2009、2011)が、4.0mm以上であれば5.0mmの場合とほぼ同様の機能性が維持されることが示され、今後の検討の指標になると考えられる。  点字ブロックは滑りやすさに対する対処も必要である。特に坂などにおいて縦断勾配(進行方向の傾斜)と平行に線状ブロックが敷かれている場合、雨などで表面が濡れると歩行者がスリップや転倒する危険がある。そのような場合は、表面に凹凸を付けるなどの方法も考えられるが、余り過度であると転倒した際に凹凸が皮膚を傷害する場合もあり、気を付けなければならない。そのような場合は、例えば、線状ブロックの線突起を短く断続させて「引っかかり」を増やすなどの方法も考慮されるだろう。2001年のJISにおいて採用された線状ブロック形状は線状突起間隔が広がったため自転車のタイヤ等が抜けやすい形状となったが、やはり一定の注意を払う必要はある。点字ブロックはそのユーザ以外の人にとって、歩行や移動の妨げになるという側面を見逃すことはできない。そのため、点字ブロックの形状や敷設法のさらなる工夫に加えて、一般向けに一定の問題があることを報知したり、点字ブロックの色や輝度によって存在をアピールして注意を促したりする必要がある。  ところで、日本の点字ブロックのうち、点状ブロックはその突起サイズが上面径12mm、底面径で22mmと世界でも最少となっている。降雪がある国では特に点状ブロックの雪掻き機による破損が問題になっているが、日本も例外でない。特に、JIS準拠の点状ブロックは突起の小ささのためか除雪の金属製回転ブレードがヒットすると突起全体が破壊されてしまうという問題が生じている。サイズ、材質等の工夫が今後必要とされる課題である。 7)外国における設置状況  「4)ガイドライン及び標準化」の項でも述べたが、国外でも点字ブロック普及が急速に進んでいる。また国際標準ができたことで、そのうねりはさらに大きくなっていく様相である。国外での設置が日本に比して遅れていた理由はいろいろ考えられるが、ヨーロッパ、北米等における人的支援の存在が大きいと考えられる。しかし国外においても、視覚障がい者が介助を受けずに単独で自由に移動することに重きが置かれ始めており、その際の安全と利便を守ることを点字ブロック等の支援設備に託しているものと思われる。  北米、特にアメリカでは、長らく点字ブロックは駅プラットホームにのみ設置されるものであったが、近年では横断歩道の渡り口にも設置されるよう基準が定められた。今後、カナダ(図30a)も同様の傾向をたどるものと思われる。ヨーロッパでは、英国(図30b)、フランス、ドイツ、スペイン、スイス、オートリア、スウェーデン等多くの国で点字ブロックが歩道や鉄道駅に設置されているが、国によって使っている突起の種類やサイズがかなり異なっている。スイスやオーストラリアでは、点状突起ではなく進行方向に垂直なラインで代替する等相当な多様性が国の間で認められる。  視覚障がい者の自立移動における今後の展開を考えた場合、さらに多くの国で点字ブロックの敷設が普及していくことや既設国での充実が図られることは疑いを容れない。その意味では、2012年の点字ブロックに関する国際規格発行で、点状ブロックと線状ブロックが点字ブロックの基本となり、かつその標示方式が日本で作られた単純で理解しやすい方法が取り入れられたということは非常に大きな意味があると考えられる。今後とも、日本における継続的な点字ブロックの形状や敷設方法の改善が世界の視覚障がい者福祉の進歩につながることが望まれる。  今後見直しが行われる可能性のある国際規格に向けて、日本の規格には含まれていない点字ブロック設置路面と点字ブロックの「明暗コントラスト」や「色コントラスト」、また「点字ブロック単体としての望ましい色」に関する取り決めが焦点になることを見据え、検討を進めて行く必要があり、関係者の継続的努力が望まれるところである。     a.カナダ(モントリオール)            b.英国(ロンドン)   ホームの縁端まで敷設されている    図30 外国の駅プラットホーム上の点字ブロック 3.3 視覚障害者用交通信号付加装置(音響信号機) 1)定義  音響信号機とは、通常の歩行者用信号機が灯火式で信号の状態を視覚に訴えるのに対して音で聴覚に訴える型の信号機であり、青の「渡れ」の相に音を発生する仕組みになっている。灯火式の歩行者用信号機では青から赤に信号灯が変化する際に青の点滅で「渡れ」の相が終了に近いことを知らせるクリアランスフェーズを設けるが、音響式の場合は点滅の前に音が終了したり、点滅に相当する時間帯に通常とは異なる音を発生したりする。 2)沿革  現在、灯火式交通信号機の設置数は膨大な数に上っているが、これは1964年の東京オリンピックと同時に起こったモータリゼーションの影響と言える。そもそも交通用の信号機はヨーロッパで開発された。自動車の発明やその発展がヨーロッパに端を発することを考えると、それも当然のことと思われる。世界で最初のものとされるのは、1868年(明治元年)にロンドンの国会議事堂付近に設置されたガス灯方式のもので、警官が手動で制御していたという(Wikipedia、2013;神奈川県警、2013)。しかし、翌年にガス爆発で死者が出たため、取りやめになった。その後、再び灯火信号が使われるようになったのは電気式になった1912年からであり、米国のオハイオ州で設置された。それは、ガス式と同じ赤と青色を使っていたが、さらにブザーも鳴る方式であった(Wikipedia、2013)。  日本で最初の電気式信号機はアメリカから輸入され、1930年、東京都の日比谷交差点に設置され、緑黄赤の三色表示が使われていたが、現在の表示方式とは異なり、緑色の最後に黄色を同時に点灯していたと言われている(神奈川県警、2013)。また、以前は黄色の信号の時にベルが鳴る仕組みであったが、それは比較的早期に廃止されたようである。  交通信号機は元来自動車交通の円滑化のために作られたものであるが、人が市街地を歩く場合にも、それで安全が向上したであろうことは間違いない。1936(昭和11)年には歩行者専用の灯火が設置されたようであるが、当然のことながら視覚障がい者にとって灯火では全く役に立たないか、あるいは暗くなってからのみわかるという状況が生じてくる。そこで聴覚に訴える方式によって横断歩道を安全に横断できる方法が試みられ、青信号に合わせてベルが鳴るタイプの装置が、1955年(昭和30年9月)、東京都杉並区東田町(現梅里)に初めて設置され(神奈川県警、2013)、これが日本で最初の盲人用信号施設と言われている。  その後、1974(昭和49)年末には全国で388セットに増えたが、音響を用いるものの、振動式も混在していた。音についてもベル音のみでなくメロディー、鳥の声、チャイム音等さまざまなものが追加され、メロディーだけでも21種に及んだ。  1975(昭和50)年には、普及してきた盲人用信号施設に関する基本的な考え方をまとめる委員会が設置され、視覚障害者用信号装置という名称が用いられた。この委員会は警察庁、日本盲人会連合(現、日本視覚障害者団体連合)、科学警察研究所、愛知県警等の委員から構成されていた。この委員会ではユーザに対するアンケートなどを行い、その結果も取り入れ、スピーカの設置位置、設置高さ、音量の目安、また用いる音の種類が決められた。音の種類は、鳥の鳴き声は「ピヨピヨ」と「カッコー」、メロディーは著作権が消滅している中から「とおりゃんせ」と「故郷の空」が用いられることになった。  1975年当時は、必ずしも一つの交差点(四差路)で直行する道路が異なる音響を用いるということではなかったが、この委員会の答申以降、「ピヨピヨ」と「カッコー」あるいは「とおりゃんせ」と「故郷の空」の組み合わせが定着したと考えられる。一方、交差するどちらの道路にどの音を設定するかについては委員会では示されなかったが、多くは東西方向にカッコーを、南北方向にピヨピヨを用いるのが主流になった。もう一つの方法は、主道路(交通量が多い)にピヨピヨを、従道路にカッコーを用いる。メロディーに関しては、鳥の鳴き声の場合ほど使い分けは明確ではなかった。  音響信号機の基本は歩行者用信号灯火における青の渡れの相を音で示すものであるが、実は横断歩道をどの向きに渡ればよいのかという情報は提供してくれない。この問題を解決するために作られたのが「異種鳴き交わし方式」の音響信号機である。これは横断歩道の両側に設置された音源から時間差を置いて異なる音響を吹鳴させる方式であり、現在では日本の音響信号機の標準となっている。 3)機能  視覚障がい者にとって道路横断は自動車通行があるために非常に危険であり、それ故に常に高いストレス下にあるものと考えられる。そのストレスの原因は横断のタイミングと方向に関して明確な手がかりが得られないことにある。現在わが国の標準である、異種鳴き交わし方式の音響信号機はそれらの手がかりを与えるものとなっている(図31)。まず、音で歩行者用交通信号灯火の青の相を標示することにより、横断のタイミングを与える。この時、まだ横断歩道から離れた場所にいる場合は、音によって渡り口の方向を知ることができる。次に、渡り口と対岸のスピーカは横断歩道の幅の中央に設置することになっており、そのスピーカ対から時間差をつけて異なる音が出力されるので、対岸からの音に照準合わせることで渡るべき方向を維持することが可能である(One, Kobayashi, Takato & Tauchi, 1999)。   図31 異種鳴き交わし式において対のスピーカから出力される音のタイミング 4)ガイドライン及び規格化 (1) ガイドライン  音響信号機の設置のガイドラインは、1975(昭和50)年の「盲人用信号施設研究委員会報告書」が長らく基準であった。音響信号機は国内では警察庁の管轄であり、交通信号付加装置 A12形インタフェース規格として規定されている。国内の音響信号機ではその規格が適用されているが、JISやISOなどの国内、国際規格とは異なり定期的な見直しは行われていないのが実態である。 (2)規格化  点字ブロックの国際規格案(CD)が1991年に提案されたことは点字ブロックの項で述べたが、その時のCD案には音響信号機についても同様に提案がなされていた。そのCDやそれに続くISOの国際会議での検討では、音に対する文化的な違いや環境要因から、日本で用いている鳥の鳴き声の擬音やメロディーは一貫して各国から否定される方向であった。日本の音響信号機の開発と運用は点字ブロックと同様に世界に先駆けて進んでいたと考えられるが、音響信号機に関しては諸外国のスタートもそれほど日本に遅れておらず、国際会議では各国の有する装置の機能と意義について情報交換が行われた。その結果、位置音(押しボタン箱から発せられ、灯火が赤の状態の時に鳴る)と歩行音(押しボタン箱あるいは別途設けられるスピーカから発せられ、灯火が青の状態の時に鳴る)の周波数、吹鳴方式、スピーカの位置・高さ、起動押しボタンの位置、フェイルセーフシステムの組み込み等について検討がなされ、2007年に国際規格(ISO)となった。ISOにおける標準化の際に、日本の鳴き交わし方式も標準の1方式として加えられることになった。しかし、警察庁規格においては、ISO規格の反映は未だほとんど実現していない現状である。 5)音響信号機の設置箇所と敷設法  音響信号機の設置個所は横断歩道と決まっているため、設置の詳細をどのようにすれば使いやすいものになるかを考える必要がある。  スピーカの位置であるがこれは図32に示すように横断歩道幅の真ん中に相当する歩道上に設置する必要がある。以前は青の相がわかれば良いという発想であったため、スピーカ位置が重要とは考えられてこなかった。しかし、それは間違いであり、横断行動を観察し、適切な聞き取りを行えば、横断の終盤には対岸のスピーカを目標にしている例が多いことがわかる。鳴き交わし方式音響信号機の導入に際してはスピーカ位置が非常に重要になるため、スピーカ設置位置が特定されているのも鳴き交わし方式の大きな導入の利点である。   スピーカはあまり高く設置しないほうがよい。2.0~2.5mの高さが望ましいが、日本では商用の小型トラックが歩道に乗り上げるのを許す風土があるため、横断歩道渡り口から侵入して音響信号機のスピーカに接触することが往々に生じている。ヨーロッパ諸国に多く見られるように自動車が乗り入れないようにボラードを設置するなどができれば、スピーカ設置の制約は減ると思われる。スピーカを高く設置しない理由は、人間の音源定位のメカニズムに関係している。人は両耳で音を聴取する際に音の到達時間の差や位相差等を利用して音源の場所を特定するが、耳の高さに音源がある時に差分が最大になり、音源位置の定位精度が向上する。高い位置にあると、音源を特定することがより難しくなり、誘導効果が減ることになる。  最近、ユーザへのサービスから音響信号機の音量を大きくする傾向もあるが、小さすぎる音量では困るが、大きければ良いというものではない。なぜなら、音響信号機の周辺にビルなどが多いと反射音が強くなり、スピーカからの直接音に影響して、音源の定位が悪くなる場合があるからである。そのため、場合によっては交差点を対角線に歩いてしまうということも想定される。また、隣接する交差点の信号音と区別ができない等の不都合も起きてしまう。音響信号機の騒音としての影響も考慮し、適切なスピーカの向き、高さ、音量に配慮できるような設置側のユーザに対する知識の修得が望まれる。  スクランブル交差点等の歩車分離式の交差点における音響信号機の設置は長い間の課題であった。しかし、近年この問題についても検討がなされ(田内ほか、2002)、方式が統一されて実際に運用されるに至っている。視覚障がい者の多くはスクランブル交差点にける斜め横断は望まないので、斜め横断に対応した音響信号機設置の必要性はなく、また設置するとかえって混乱を起こすことも考えられるので注意したい。 図32 横断歩道における音響信号機のスピーカの位置 6)今後の課題  日本における音響信号機の普及は非常に進んだが、交差点全体の灯火を一つの制御器で統制するタイプであるためにシステム規模が大きく、ユーザのニーズに応じて迅速に設置することが難しい。そのため設置個所の交通や道路、建物の状況に応じた対応ができないという問題がある。すなわち、現システムは重厚長大的な一種類のみであるため、青のタイミングがわかれば事足りる比較的短い横断距離の道路では、歩行者用信号灯器の電気信号を利用して作動するシンプルなタイプの音響信号機も望まれるであろう。また、現在の技術を使えば、そのようなシンプルなシステムでも鳴き交わし方式を実現することも不可能ではない。そうすれば、都市計画のネットワークから外れるような場所における個人ユーザのニーズに応えられるようになるであろう。  音響信号機は環境騒音との関係が常に付きまとうシステムと言える。そのため、特に設置箇所周辺の住民に対する影響(インパクト)も考慮しなければならない。そのためには、周辺住民と音響信号機ユーザのニーズのバランスを図ることを、運用面から、またシステム面からも検討していく必要がある。笑い話として、音響信号機ユーザの通勤・帰宅時間と音響信号機の稼働時間が一致していなかったため、長らく音響信号機が設置されていたことに気がつかなかったということがあるが、これは実際に起きている話でもある。わが国ではユーザによって起動されるタイプの音響信号機が少なく、自動連続作動時と停止時の二相で構成されていることがこの問題の根本にあるように思われる。この問題については、二相のうちの完全停止の状態を手動操作の相とすることも一つの解決法と考えられる。  夜間は騒音が下がるので押しボタン箱から音を出す方式を採用することが考えられる。日本では押しボタンで起動する方法が比較的少ないために、押しボタン箱の位置を知らせ得る位置報知音に対する検討がされているとは言い難い。しかし、世界の主流は常時運転より押しボタン起動方式が一般的であり(New York City, 2013; Transportation Research Board, 2013 )、日本でも既に存在している押しボタン箱と位置報知音を改良することで上記の連続作動/停止の二相を連続作動/手動作動の二相に変えることは可能であると思われる。  世界の中でも交差点で異なる音種を用いている国は日本以外にはない。これは日本の方式の大きな特徴であり、ユーザには一定の利益をもたらすものと思われる。現在、この方式が世界に普及する傾向は見られないが、ユニークな発想として認められている。しかし、問題を引き起こす面も認められる。それは主に東西と南北で音種を変えていることによって、碁盤目に道路が作られている都市では問題にならないが、方向を変えながら続く主要道が街を貫くようなところでは、同じ道路を歩道に沿って歩いていても音種が変わってしまうことがある。これを不便と感じる向きもあるので、東西と南北で音種を変えている地域であっても主要道では一貫性を保つように運用しているケースもある。このようなことをあたかも設置者のミスのように揶揄(やゆ)する報道もみられるが、地域のユーザが決めるべきことであるので、設置者は常にユーザの安全と利便を考慮した支援設備の設置と運用をするように心がけるべきであろう。  現在、国際規格(ISO)では、高齢社会のグローバルな広がりも考えて振動による信号も併設するように決めている。日本でも過去に振動式が存在したが、設置ポールの位置がわからない、ポールが邪魔になるなどの理由で用いられなくなった。これは点字ブロックと同じ三宅精一の発明によるものであるが、世界に先駆けたこの方式を復活させて、盲ろう重複者のために設置することを考えてよい時期ではないだろうか。  騒音対策や誘導目的で指向性スピーカを横断歩道に利用しようとする試みがある。特に、近年ではコストが下がってきたこともあって可能性が検討されている。赤外線による誘導システムでも問題になったことであるが、狭い範囲でのみ聞こえる音のビームを使った場合、視覚障がい者ではそこから外れてしまうことが少なくない。晴眼者では理解しづらい面があるが、視覚障がいがあるとビームから外れた場合どちらの方向(左右)に外れたかがわからないため、再び音のビームを探すのが大変難しくなる(碇、越智、大倉、2009)。道路を横断するためには視覚障がい者はさまざまな作業を同時にこなさなければならない。限られた時間内に達成しなければならない道路横断作業中にそのような問題にとらわれると、時間内に道路横断が達成できない事態も生じてきわめて危険である。安易な発想に基づく実施に注意しなければならない。  「3.4 視覚障害者用道路横断帯」の項でも述べるが、道路横断中の方向定位に加えて、道路横断前の方向定位も非常に重要である。音響信号機の設置に当たっては点字ブロックと連動させることが推奨されているが、それぞれ設置主体が異なるのでそうなっていない場合も多い。音響信号機と点字ブロックはペアで設置すべきであることは常に考慮しておくべきである。  ユーザ、ユーザ団体、支援者は、設置に当たっては設置者との話し合いを行うこと、また、設置後の不都合についても協議できる体制を各地域で確立していくことがより良い移動環境の構築のために重要であることを認識する必要がある。 7)外国における設置状況  音響信号機は現在、世界各地で利用されている。視覚障がい者の移動支援用設備としては点字ブロックと双璧であるが、ユーザに適用する機能が明確であり、設置が必要とされる場所も容易に特定されるだけに普及は急速に進みつつある。音響信号機の開発と設置は点字ブロックと同様、日本が世界に先がけて普及させてきたものであり、特に北米への輸出の実績があり、現在では新しい米国規格の音響信号機が設置されているが、今でも時々鳥の擬音を使った音響信号機に遭遇することがある。ヨーロッパにもそれが導入されたが、現地の鳥のなかには用いられる「ピヨピヨ」の擬音と非常によく似た鳴き声の鳥も存在することから適当ではないと評価された経緯がある。  そのようなこともあってか、現在、音響信号機に用いられる世界の音の主流は単純な繰り返し打音になっている。音の選択には国の文化的背景と利用における慣れの問題もあり、選択は容易ではないが、自動車による環境騒音の中でも聴き取りが可能な周波数と音量が必要とされるため、国際的取り決めではそれを満足させることが要求されている。日本では2003年の警察庁の規格化以来、異種鳴き交わし方式の信号機が普及し、青の相を知らせるのみでなく、移動目標を提示する機能を持った方式が用いられ注目を浴びている。現在、同様な方式がカナダのケベック州で用いられている。そのシステムでは短いメロディーが用いられている。普及が進んでいる国は多いが、耳にすることが多いという点ではオーストラリア、北欧が挙げられる。それは歩行者用信号灯の起動ボタン箱に音響付加装置も組み込む方式が普及しているため、特に視覚障がい者用と一般用を区別しなくてよいのが理由と考えられる。また、外国製の多くは、わが国と違って大がかりではなく、灯火信号機の信号で駆動させるため一つの押しボタン箱単体で機能を発揮できることも普及が早かった理由の一つと考えられる。   興味ある方式の一つとして英国の回転コーン方式がある。これは複雑な形状や分岐の多い交差点では音による信号では横断歩道が特定できなくなるため、押しボタン箱の下に回転する三角錐を取り付けて、音ではなく触覚的に対応する横断歩道との関連が付くようにしたものである。振動子を用いることでも同様の効果を得ることができる。振動や回転では一人しか触ることができないが、それが実際に問題になることは一般的には考えられない。  諸外国の音響信号機の押しボタン箱には横断方向を指し示す触覚的に検知できる矢印やバーを取り付けている例が多い(図33; Prisma Teknik、2014; Metropolitan Transportation Commission、2014)。この矢印の効果は歩行の初期に限定されてはいるものの、歩行への効果や心理的なストレス軽減には有効と認められるので、導入も考慮されるだろう。  今後、音響信号機は世界的普及が更に進むと思われるが、日本の鳴き交わし方式は道路横断支援の有効な方法として普及することが考えられる。しかし、用いている音種とシステムが大規模であるため、日本製の音響信号機が世界に普及して行くことは考えづらい状況である。        スウェーデン               カナダ            図33 音響信号機のボタン箱       3.4 視覚障害者用道路横断帯(エスコートゾーン) 1)意義と役割  視覚障がい者の単独行動において、駅のプラットホーム上の移動と道路横断は特に困難が大きいものとして知られてきた。ともにオリエンテーションに関する手がかりの乏しいことがその理由である。エスコートゾーンは横断歩道内に設けられる触覚的な誘導路で、道路横断中に方向の手がかりを与えるものである。いわば、横断歩道内の点字ブロックということができる。通常、視覚障がい者は平行する車両の走行音や信号待ちをしている車両のアイドリング音、まわりの歩行者の流れ、音響信号機の設置されている場合はその信号音などを手がかりに自身の横断中の方向を維持するが、道路が直交していない交差点や幅員の広い道路、あるいはまわりに歩行者がいなかったり、音響信号機のスピーカの位置が不適切であったりした場合の横断ではそれがかなり難しくなる(大倉ら、1990;Barlow et.al, 2010)。エスコートゾーンはそれを解消するための支援設備である。 2)開発の経緯と改良  視覚障がい者の単独移動を支援するために横断歩道内に触覚的な手がかりを用意する方式は、田内ら(1993)によって線状ブロック様の横断帯が考案され、高崎市の横断歩道に敷設されたのが始まりである。1997年には愛媛県警と同県視聴覚福祉センターの協力で松山市においてドーム型突起を用いた現在の点状横線型の横断帯が敷設され、その後エスコートゾーンと称されて全国に普及が進んだ(中川、1999;大倉ら、2000;大倉、田内ら、2001)。また、それ以降、標準的な敷設法に関する研究も継続的に行われた(大倉、奈良ら、2001;大倉ら、2002;大倉、小川ら、2004;大倉、北村ら、2004;大倉ら、2006)。  初期のエスコートゾーンは、横断歩道中央部の幅30cmの間に、直径20mm、高さ4.5mmのアクリル製のドーム型突起体を横断方向と垂直に12粒並べ(突起体の頂点間25mm)、それを7.5cm間隔で敷いたものを基本形としていた(図34)。これを足で踏むと突起体が密に配されている部分は線に近い感触が得られ、足底の長軸との交差角から方向の手がかりを得ることも不可能ではない。地域によってはこれを2列敷き、60cm幅としているところもあった。点状突起体を横断方向に対して垂直に並べた(点状横線)理由は、自動車がその上を通過した際の騒音の低減化と二輪車の安全走行にあった。また、7.5cmという間隔は足のサイズを24cmと想定し、常に3列分の突起列が足底に当たることを意図して定められた(中川、1999)。  図34 製品化初期のエスコートゾーン  エスコートゾーンはその有効さがいわば口コミで広がり、全国に普及していったが、構造基準や設置方法などについて公的な検討はされていなかった。2003年に警察庁が主導して、「バリアフリー社会における横断歩行者の安全確保に関する調査研究」(エスコートゾーン部会長:大倉元宏)が立ち上がり、バイク、自動車、車椅子等の走行安定性への影響、車両の通過時に発生する騒音および耐久性、音響信号機との関連性を踏まえた最適な設置方法について検討が行われた。  その調査研究のなかで行われた、全国の警察本部を対象とした調査では30都府県でエスコートゾーンの敷設が確認されており、その8割近くは点状横線タイプが採用されていた(警察庁、2003)。2001年の点字ブロックのJIS制定(規格T9251)に伴い、エスコートゾーンにもJIS型の点状突起(ハーフドーム型)が流用されるようになった。この点状突起は、側面傾斜角度が急(45度)で、かつ突起上面部のエッジ部の周囲長が長いため、足底による検出効果は高いと考えられるが、道路横断帯特有の突起配列によって、歩行者の躓きや、車いす通過時の振動発生が懸念された。そこで、これらの問題を解決する可能性を持つ突起として、ユニバーサルデザインの観点から、付図2に示す、いわゆるトライアングル型が提案された。これは、JIS型と同じ底面サイズのハーフドーム形状であるが、その頂上部直径を小さくして、32.5度の緩やかな側面傾斜部にしたものである。このような形状にすることで、磨耗が進んでも足底にかかる突起の圧力が比較的高いまま維持されると共に、その緩やかな傾斜角度による、歩行者の躓きの減少や車いす通過時の衝撃緩和が実現した(田内ら、2005;中村ら、2005)。この時、さらに突起の配置に関しても検討された。これまでの点状横線型配置では歩行中左右に振られる白杖先端の軌跡が点状横線と平行になり、突起を検出しにくいという弱点があった。そこで、点状横型の両側に点状縦線を加える配置が提案され(付図2)、評価の結果、所定の性能が確認された(大倉ら、2005)。以上の検討結果は、エスコートゾーン敷設にかかわる標準化の根拠として採用され(警察庁、2004)、道路標示として国家公安委員会規則にも明記されるとともに(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に係る信号機等に関する基準を決める規則、平成18年12月8日国家公安委員会規則第28号)、設置指針の各都道府県警察本部長宛の通達に結びついた(警察庁、2007)。図35にこの設置指針に則った現状のエスコートゾーンを示す。     図35 設置指針に則ったエスコートゾーン 3)国内外における設置状況  警察庁(2003)の調べでは、エスコートゾーンは30都府県の512箇所に設置され、その数は1,198であった。そのうち約6割が十字交差点に設置されていたが、スクランブル交差点においても12箇所で設置されていた。設置されている道路は2車線が最も多く、次いで3車線であった。ほとんどすべて(97%)のエスコートゾーンは横断歩道中心部に設置され、歩道上の点字ブロックとの連続性は9割以上の箇所で確保されていた。  エスコートゾーンのような道路横断支援設備はまだ諸外国にはみられないが、アメリカ合衆国では、一部の地域にTactile Guidestripsの設置が報告されている(Wardell, 1987)。Tactile Guidestripsは0.6cm厚の盛り上がった線で、エポキシ接着剤に直径0.6cm程度の砂利を練り込み、路面に塗布したものである。幅は5cmで、視覚障がい歩行者は白杖でそれを検知しながら道路を横断する。   4)エスコートゾーンの設置指針  警察庁は2007年5月にエスコートゾーンの設置指針を制定した(警察庁、2007)。以下にその指針を引用しておく。 ----------------------------------------------------------------------------  1 目的  この指針は、道路を横断する視覚障害者の安全性及び利便性を向上させるために横断歩道上に設置され、視覚障害者が横断時に横断方向の手がかりとする突起体の列(以下「エスコートゾーン」という)の設置に関し、必要な事項を定めることを目的とする。  2 設置場所  次の場所に優先的に設置する。 (1)視覚障害者の利用頻度が高い施設(駅、役所、視覚障がい者団体等が在る施設、特別支援学校、リハビリテーションセンター、病院、障害者スポーツセンター等の社会福祉施設等)の周辺で、視覚障害者の需要が見込まれる横断歩道 (2)高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(平成18年法律第91号)における重点整備地区内の主要な生活関連経路に係る横断歩道  3 設置方法  設置方法に関する基準は、次のとおりとする。(付図1)  (1)横断歩道の中央付近で直線状に連続して設置すること。  (2)末端を歩道の縁石端から30cm程度離すこと。  (3)幅は、45cm又は60cmとすること。  注1: 視覚障害者誘導用ブロック  視覚障害者に対する誘導、段差の存在等の警告、注意喚起等を行うために歩道上に敷設されるブロック  注2:線状ブロック  視覚障害者誘導用ブロックのうち、平行な線状の突起列をその表面につけたブロック       付図1 エスコートゾーン設置図    4 構造  構造は、次のとおりとする。(付図2)  (1)構成  突起体と基底面で構成し、突起体の配列は点状横線の両端にそれぞれ点状縦線を一列配置する。  (2)突起体の材質   突起体は、耐摩耗性の高い材質とする。  (3)色彩   色彩は、横断歩道と同じとする。  (4)すべり抵抗   すべり抵抗は、設置される路面と同程度とする。    記号 項目 寸法(mm) 許容(mm) a 上面径 6 +1.0 a’ 底面径 23 b 高さ 5 c 点状横線を構成する突起体の突起中心間距離 26 d 点状横線と点状縦線の突起間距離 30 ±1.0 e 点状縦線を構成する突起体の突起間距離 8 f 点状横線列相互の突起中心間距離 75 g エスコートゾーン幅 450又は600 - h エスコートゾーンの縁と点状縦線の距離 12~24 -  付図2 エスコートゾーン構造図  5 留意事項 (1)エスコートゾーンを挟んで相対する歩道上の線状ブロックは、エスコートゾーンの線の延長上に設置するなど、道路管理者と十分な調整を行うこと。 (2)視覚障害者用付加装置付信号機と併用する場合は、エスコートゾーンの設置位置と視覚障害者用付加装置付信号機の音源位置を、できる限り整合させること。 (3)スクランブル方式の信号交差点における斜め横断用の横断歩道については、設置しないこと。 (4)突起体の消失、摩耗、変形等が、視覚障害者による検知を困難にすることを認識し、適切な維持管理に努めること。 ---------------------------------------------------------------------------- 5)エスコートゾーンの評価(可能性と限界)  エスコートゾーンが広がりを見せ始めた頃に、歩行訓練士(視覚リハ専門家)および視覚障がい者を対象に実歩行による評価を実施した(大倉、田内ら、2001)。それによると、横断歩道口でエスコートゾーンの位置と延びている方向の手がかりが希薄であることや横断中に白杖や足底で突起体が検知しにくい場合もあることから、初心者が簡単に利用できる設備ではないとされた。しかしながら一方で、慣れた者は巧みにエスコートゾーンを利用し、さらに心理的ストレスも軽減されると報告した。このことからエスコートゾーンは慣れるときわめて有効な支援設備になりえるとの見解が導かれた。また、横断開始当初にエスコートゾーンに乗ることが有効利用のためには重要であることも指摘された。  エスコートゾーンの設置基準に示されるように、突起の形状や音響信号機のスピーカの位置が規定されたので、以前に比べれば、突起の検知性や横断歩道口での手がかりは向上したと考えられるが、エスコートゾーンの利用には一定のOM技術の保有が前提となることを忘れてはならない。すなわち、横断中にエスコートゾーンを逸脱して戻れなくなっても、他の手がかりに切り換えて横断を継続できることが求められる。 6) エスコートゾーンの維持管理  エスコートを構成する突起は樹脂製で、横断歩道内に設置されるため常に自動車等の通行による磨耗にさらされている。磨耗が進行すると検知性の低下につながり、ユーザの安全性と利便性の観点からみて好ましくない。日本道路協会(1985)では、点字ブロックは、突起の形状や配置を問わず、高さが一部でも2㎜を下回るようなら補修が望ましいとしてきた。天野ら(2009)と大倉ら(2010)はトライアングル型の突起について、それぞれ目隠しをした晴眼者と視覚障がい者を対象に、突起の高さと足裏での検知性の関係を調べ、高さ2mmが検知限界の目安となることを報告した。エスコートゾーンにおいても高さが2mmになる前に補修が行われることが望まれる。 3.5 移動支援設備のユーザビリティ  移動支援設備を利用すると単独移動の効率や安全の向上が期待できることは疑いを容れない経験的事実である。しかしながらこれらの設備は、視覚障がい者であれば誰でも容易に利用できるのかというと、決してそのようなことはない。  どのような用具や機器においても、その機能や使い方を知らないと用を成さない。点字ブロックや音響信号機の使用は一見簡単そうに思えるかもしれないが、視覚が利用できない場合には難易度は驚くほど高くなってしまう。  点字ブロックは視覚的には大きく形状が異なる点と線の2種類しかないし、最近では色も黄色が主流になって背景路面に対して際立って見えることもあり、晴眼者からすると「たった2種類」と思いがちだが、実際はそうでもない。まず、視覚的な顕著さは余り役に立たない場合が多い。例えば、天気の良い昼間には、明るい色の点字ブロックを視覚的に認識できるロービジョン者でも、薄暮の状態になるとわからなくなり、LED等を使った歩行者用信号灯火は逆に昼間は難しいが、薄暮の状態になると確認できるようになる。そこで視覚に代わって触覚や聴覚が利用されるが、目で見た感じから想像されるよりもずいぶん難しいことに気がつくだろう。暗闇で点字ブロックを踏んでもらうと、晴眼者ではちょっと踏んだだけでは点字ブロックと感ずるよりも偶然床面の凹凸の部分を踏んだくらいにしか感じられないかもしれない。実際の利用時には、歩きながら点字ブロックの存在を見つけ出し、かつそれがどのタイプの突起であるかを知らなければならないが、歩行というダイナミックな過程でそれを知るのは容易ではない。さらに、点字ブロックが敷かれてから60年ほど経つが、点字ブロックに点と線の突起があることを知らない人が未だに少なからず存在する。2種類の存在を知らないのであるから当然、提供する情報が違うことも知らない訳である。このように単純に見える点字ブロックにおいても視覚障がい者に対する情報提供と使い方がよく知らされていないと利便と安全を確保するための支援設備が逆の効果になることさえ考えられるわけである。  また、音響信号機においても、音の鳴る時が青の渡れの相であると了解されているが、ひとたび外国に行くと音の種類も違うし、赤の信号の時にも結構大きな音がしている。日本の音響信号機であってもその機器の特性や設置環境の影響について知識を積まないと安心して使うのは相当難しいと考えてよい。  このように考えると、視覚障がい者の移動支援設備に限らず、特に屋外で時間的余裕がなく、環境条件が刻一刻変化していく場面では、通常の福祉用具や機器に増して、「直観に訴えるわかりやすさ」「多義的でない」「過度の集中を要求しない」「失敗からの回復が容易」などの条件が非常に重要であると考えられる。 3.6 移動支援設備の効用  単独移動を支援する、点字ブロック、音響信号機、エスコートゾーン(道路横断帯)等があることによってどのような利点が生じるのであろうか。これについては、それらがない場合を考えてみるのが理解の早道である。  例えば、点字ブロックがないと、歩道を真っ直ぐ歩く、曲がり角を知る、注意を払う場所を知る、危険な個所の存在を知る等々について環境の中に存在するものの中から「手がかり」を獲得しなければならない。それを行うためには、障がいを有する当事者が自分のみで探索することは容易ではないことは理解に難くない。また、有効な手がかりになるということが判断できる「目利き」がいないと、それを視覚障がい者に紹介することができない。さらに、環境の中に有効な手がかりが必ず潜んでいるかというと、決してそうとは言い切れない。むしろ、ないと考えた方が良い。そのような場所では、路面のヒビやわずかな高低差まで利用することさえある。このようなことを考えると、視覚障がい者の単独歩行は一歩一歩、時々刻々が環境との交渉(ネゴシエーション、negotiation)であり、気を許せる時間はほとんどないと言っても過言ではない。そのような意味で、もし点字ブロックがあると歩くべき路の位置や方向の情報が得られやすいので、気を抜いて良いところ、注意を集中すべきところが判別でき、心理的ストレスは大いに軽減される。心理的ストレスを軽減することは日常生活で非常に重要なことであり、視覚が使える場合に達成できている効率性、身の安全、および低い心理的ストレスを同様に視覚障がい者にも享受してもらうことが移動支援設備設置の効用と言える。 4 移動環境とリスク  エイドを含むOM技能を身につけ、支援設備が整備されたとしても、なお、移動に際してリスクは常に存在する。特に、道路横断と駅プラットホーム上の移動においてリスクが大きいことが知られている。ここでは、視覚情報を得られない歩行におけるいくつかの特性を説明し、道路横断と駅プラットホーム移動時のリスクとの関連を解説する。   4.1 OMにおけるいくつかの行動特性  OMを情報伝達の面からみれば図36のような閉回路を形成していると考えられる(田中ら、1977)。移動というタスクが指示されると、保有感覚器官によって集められた環境情報を統合して空間を認知し(オリエンテーション)、運動系に指令を発する。運動系によって移動がなされる(モビリティ)とそれに応じて新たな情報が保有感覚に入力される。この回路の出力が実際の移動行動として具現するが、その行動に関していくつかの知見が得られている。すなわち、偏軌傾向、スクウェアオフと慣性力の影響、音源定位やエコー定位による空間認知、音響・音声情報に基づく意思決定、記憶依存性、高い心理的ストレスなどである。そして、この回路のどこかに破綻があるとリスクに直面することになる。   図36 OMにおける情報処理の流れ」 1)偏軌傾向 -なかなかまっすぐ歩けない  視覚情報をもたない人が、ある点から数メートル以上離れた他の点へ直進する場合、実際の歩行軌跡は左右どちらかに必ず曲がってしまう。これは偏軌傾向(veering tendency)とよばれ、視覚情報が得られない歩行固有の現象である。偏軌の発生機序に関して、GuthとLaDukeの文献調査(1994)によると、そもそも生物体はらせん移動メカニズムを有しており人間も例外ではないとするもの、左右の脚の長さや脚力の違い、利き手、利き目などの生物力学的な要素が影響するとするもの等の説が唱えられてきたが、同一人が同じ場所を複数回歩行した場合、常に同じ方向に偏軌しないことから、らせん移動メカニズムや生物力学的な要素では説明できないとしている。図37は単独行動経験の豊かな視覚障がい者の直線歩行時における軌跡を示したものである(Tanaka et.al.,1988)。実験は防音半無響のモビリティラボラトリ(田中ら、1985)で行われた。実験参加者には一側の壁中央を出発点として直線歩行を求めた。結果は図にみられるように、一様に進行方向右側への偏軌が認められた。偏軌の原因がらせん移動メカニズムや生物力学的な要素ではないとすると、これは視覚障がい者が同じ聴覚的因子を手がかりに方向を判定していることを暗示させる。また、大倉ら(2006)の実験研究でも聴覚的因子の影響が示唆された。図38はその結果を示したものである。出発地点において前もって聴覚もしくは触覚的手がかりよって歩行開始方向を提示した後、左もしくは右側からの周囲音(ノイズ)暴露下で直進歩行を求めたところ、周囲音が存在しない条件に比べて、その反対側に偏軌する傾向が認められ、さらに、周囲音の音圧が高いと偏軌の程度も強くなった。この原因を探るその後の実験研究では、周囲音に起因する左右の耳のマスギング差の影響が示唆された(大倉ら、2012)。  この偏軌傾向は、道路横断やプラットホーム上の移動など、明確な手がかりのない状況で直進しなければならない場合に注意を要する。 図37 壁を背にして直進歩行をした際の歩行軌跡 聴覚的手がかり 触覚的手がかり 周囲音 70dB(A) 周囲音 50dB(A) 周囲音なし 周囲音 50dB(A) 周囲音 70dB(A) 矢印は平均的な歩行方向を示す。 図38 直進歩行における周囲音の影響       2)スクウェアオフと慣性力の影響 -障害物を回避して歩行を続けるのは至難の技  移動経路上に何か障害物があって、それを回避したのち元の進路を維持することは至難の技と言わざるを得ない。例えば、駅のプラットホーム上を長軸方向に点字ブロックに沿って移動中、他の乗客の荷物や柱などに出くわし、それを避けてさらに先に進まなければならない状況がこれに当たる。難しさの理由は、視覚情報が得られないと障害物から離れる際、スクウェアオフや慣性力の影響が加わり、元の進路が定めづらいためである(Tanaka et.al.,1989)。図39および図40はそれぞれ方形と円形の障害物を右または左に回避して元の進路を維持しようとした場合の視覚障がい者の歩行軌跡を示したものである。 図39 方形障害物を回避後、元の進路を維持した際の歩行軌跡 図40 円形障害物を回避後、元の進路を維持した際の歩行軌跡  方形の障害物では、右回避の場合(図39下)は期待される進路を中心に軌跡のバラツキがみられ、左回避の場合(図39上)は期待される進路より右に寄っている。直進における歩行軌跡(図37)を基準にすると、障害物回避後の軌跡は、右に回避した場合は左方向に、左に回避した場合は右方向に寄っており、慣性力の影響が暗示される。  円形の障害物では、回避方向別の軌跡(図40)は方形の場合と同様の傾向であるが、バラツキはより増幅している。この原因として、慣性力の影響に加えて円形の障害物では離脱点の法線方向に離れる傾向、すなわち スクウェアオフの影響が考えられる。したがって、どこで障害物を離れるかがその後の進路を決める大きな要因となる。  このようにスクウェアオフと慣性力の影響は前述の偏軌傾向と共に、明確な方向の手がかりが得られない状況では、歩行方向の決定に強く関与する。 3)音源定位 -音の方向からまわりを知る  音源の方向やそこまでの距離など、その空間的位置を識別することを音源定位(sound localization、図41)という。この音源定位は、視覚情報が得られない障がい者にとっては環境を認知するための有力な方法の一つであるが、両耳聴が可能であれば音源の方向に関してはかなり正確な判断ができるものの、音源の上下や音源までの距離の弁別は不可能でないが共にあまり正確でない(和田ら、1969)。また、音源の移動に対しても比較的鈍感である(ムーア、1994)。 図41 音源定位 4)エコー定位 -反射音からまわりを知る  単独行動経験の長い視覚障がい者のなかには障害物に接近すると、それに触れなくても、鋭敏にその存在に気づく者がいる。これは、おそらく自身の足音や杖の地面を打つ音が障害物に当たって反射してくるエコーを利用していると考えられる(ムーア、1994)。このエコー定位(echolocation、図42)は、それを利用できる視覚障がい者にとっては、環境を知るための有効な手段となるが、逆の結果を引き起こすこともある。例えば、歩行中突然、障害物をエコー定位で発見した場合、反射的に避ける行動を起こし、方向を見失ってしまうことがある。エコー定位には「両刃の剣」的側面があることに注意を要する。 図42 エコー定位 5)音響・音声情報に基づく意思決定 -誤った判断から抜け出すのは難しい  視覚情報が得られない障がい者にとって、音声による聴覚情報も環境認知や行動の意思決定においてきわめて重要であるが、聴覚情報の特性ゆえに、客観的にみて、間違った判断に陥ることが多々ある。視覚と聴覚の根本的な違いは、前者は基本的に空間情報を扱うのに対して、後者は時間情報を扱うところにある。このことは何か情報を取り損なった場合のことを考えると決定的な差となる。すなわち、視覚では再度能動的に情報源に目をやれば容易に確認できるのに対して、聴覚では既に提示されてしまった情報は能動的には再度取り得ない。また、視覚では多様なカテゴリーの情報(文字、図形、色など)を取得できるため、いったん間違った判断をしても容易に修正できる可能性が高いが、聴覚情報はそのカテゴリーの狭さから間違った判断からの脱出はかなりむずかしいと考えられる。  図43には、駅プラットホーム上で電車を待っている場面を例としてあげている。電車が到着する旨のアナウンスがあり、その後、適当な間をおいて電車の入線があった。そこで乗車しようとしたが、電車がいないことに気づき、危うく線路上への転落は免れたという状況を示している。向かい側のホームに入線した電車を自身が乗るべき電車と誤認したわけである。この例は実際の事故をもとに脚色したものであるが、このような意思決定があり得るのである。しかし、この状況判断のプロセスはきわめて理にかなっていると思われる。音声情報のみでは、このような客観的には誤っている状況判断から抜け出すことは非常に難しいと言わざるを得ない。 図43 音声情報による意思決定 6)記憶依存性 -突然の環境における変化に出くわすと混乱する  単独歩行に熟練している障がい者でも、初めての場所にひとりで行くことは稀である。単独歩行をするためには、あらかじめその場所に関するさまざまな知識を事前に得ておく必要がある。晴眼者の道案内を受けて、周囲の状況を言葉で教示してもらい、それを記憶するのが一般的なやり方である。ところが記憶容量には限界があるので、すべての場所を覚えるのは不可能であるし、また別の場所の記憶との干渉も起こる。仮に、記憶が正しいとしても、その場所に記憶にない物が置かれたり、レイアウトの変更があったりする。このような状況は単独歩行にはきわめて不利で、安全性がおびやかされることになる(図44)。 図44 記憶に依存した行動 7)高い心理的ストレス -どんなに慣れてもひとりで歩くのはつらい  単独歩行中の視覚障がい者が高い心理的ストレスを被っていることは想像に難くない。このストレスの定量化に関しては、心拍数を指標としたTanaka el.al.(1981)の先駆的研究がある。単独行動に慣れた、同じ障がい者の心拍数を晴眼者による誘導歩行時と単独歩行時で比べると、単独歩行時のほうが著しく高くなったことが報告されている(図45)。 実線:単独、破線:誘導、ローマ数字は出発前2分間(I)、ルート前半(II)、ルート後半(III)、および到着後3分間(IV)の区間を示す 図45 単独歩行時と誘導歩行時の心拍数の変化  この研究を受けて、大倉(1989)は二次課題法を用いてそのストレス源の同定を試みた。二次課題法とは人間の情報処理能力に一定の限界があることを根拠にして、主課題と同時に別の課題(二次課題)を与え、二次課題の成績から主課題の困難度を測定するものである。実験はフィールド実験の形で行われ、主課題は単独歩行、二次課題は皮膚に与えられた振動刺激の弁別であった。二次課題の成績を路上に置かれている障害物回避や道路横断の場面と線状誘導ブロックを利用した歩行場面で比較すると、前者のほうが低下しており、ストレスの源が主としてオリエンテーション維持のための努力にあることを示唆する結果となった。言い換えると、オリエンテーションに関して明確な手がかりが得られない場合は、能力の大部分をオリエンテーションの維持のために消費し、他のことに割ける余裕はなくなる。 4.2 道路横断におけるリスク  視覚障がい者がひとりで行動するとき、道路横断はリスクの大きいタスクの一つである。 図46は4つの特徴の異なる交差点において、8人の単独行動に熟練した視覚障がい者に道路横断を求めた際の歩行軌跡を示したものである(大倉ほか、1990)。出発点(S1、S2、S3)から横断歩道口までの距離を3段階設定し、無作為に参加者に割り振った。交差点a、b、c、dにおける横断距離はそれぞれ17、11.8、18、10.3mで、交差点dのみ音響信号機が設置されていなかった。交差点aとbは交通量が多く、騒音も高いため、音響信号機の音が聞こえづらいときがあった。  横断開始時に注目すると、どの交差点でも半数近くの参加者が歩道の縁石あるいは点状ブロックを手がかりとしてそれと直角に歩き始めているのがわかる(スクウェアオフ)。残りの者は自動車や他の歩行者の流れを手がかりとしたか、渡り口までの移動方向をそのまま維持したものと考えられる。交差点付近の縁石は円弧をなす場合がほとんどで、横断歩道もその付近に設置される場合が多い。また、この試行を行った当時は、横断歩道口の点状ブロックは縁石の円弧に沿って敷設されていた(現在は階段状に敷設されるようになったので、点状ブロックの辺が横断方向の手がかりとして利用できる)。したがって、これらを手がかりに横断開始方向を決めると、目標とする方向に一致しなくなる。  横断のタイミングに関しては、音響信号機の敷設されている交差点a、b、cではどの参加者も信号機の青および青点滅の間に横断を完了したが、音響信号機の交差点dでは2人の参加者が赤信号で横断してしまった(音響情報に依存した意思決定)。おそらく、自動車等の走行音がしなかったので、横断可と判断したものと考えられる。音響信号機が設備されていれば、このようなことは起きなかったであろう。  横断中の歩行軌跡をみると、音響信号機の音が比較的よく聞こえる交差点cでは、ほとんどすべての参加者の軌跡は対岸の音響信号機のスピーカ付近に収束している(音源定位)。一方、音響信号機のない交差点dや音の聞こえにくい交差点a、bでは到達点のバラツキが大きくなっている(偏軌傾向)。このことは音響信号機のスピーカの音量と位置の重要さを示している。  道路横断では、対岸の目標を認知し、それへの身体の方向づけを行い、横断のタイミングをはかり、直進歩行を行う必要がある。視覚情報なしにそれらを実行する場合、そのストレスは大きいと言わざるを得ない(大倉、1989)。特に横断中に明確な方向の手がかりが得られないと、先に述べた偏軌傾向のため、危険な状況に陥る可能性がある。そのため、点字ブロック、音響信号機、エスコートゾーンが開発され、実用に供されてきた。これまで視覚障がい者の道路横断に関して、メディアに報道されるような大きな事故の報告はみられないが、おそらく、これらの対策の成果とみることができる。しかしながら、点字ブロック、音響信号機、エスコートゾーンは同じユーザのための設備でありながら、点字ブロックはそれを敷設する道路の管理者、音響信号機とエスコートゾーンは警察と管轄部署が異なっている。そのため、設置のガイドラインに統一性はなく、例えば、歩道上の点字ブロックとエスコートゾーンの連結が図られていない交差点が多々散見されるなどの問題を有している。また、これらの設備はどれか一つを設置するだけでは不十分である。複数の設備を用意して手がかりの冗長度を上げ、ある手がかりが使えなくなっても他の手がかりに切り替えて横断が継続できるようにしておく必要がある。例えば、音響信号機とエスコートゾーンが敷設されていれば、途中でエスコートゾーンを見失っても、音響信号機に手がかりを切り替えて、横断を続けられる。              交差点a(横断距離17m)     交差点b(横断距離11.8m)        交差点c(横断距離18m)     交差点d(横断距離10.3m、音響信号機なし) 図46 4つの交差点における道路横断時の歩行軌跡 4.3 駅プラットホームにおけるリスク  駅プラットホーム移動中のリスクは何と言っても転落である。村上は視覚障がい者のプラットホームからの転落に関して先駆的な調査を行い、転落事故を経験した48 人の視覚障がい者のうち58%(28 人)が2 回以上転落していたことを報告した(Murakami,1984;村上,1985)。田内ら(1992)による調査では、対象者109人のうち、駅において線路上、あるいは階段からの転落を経験している者が40人(37%)に上り、車両とホームの間隙や列車連結部に足を落とした者も42人と相当数に達していた。東京視力障害者の生活と権利を守る会・まちづくり委員会(1994)のアンケート調査でも、回答者100 人のうち転落経験のある者が半数の50 人おり、全盲者では68 人のうち2/3(44 人)が転落を経験していた。また、全日本視覚障害者協議会(2011)のまとめでは、平成6(1994)年以降、プラットホームからの転落や電車との接触で亡くなった視覚障がい者は41 人にのぼる。さらに、国土交通省の調べでは、2010年度から2017年度までの視覚障がい者の駅ホームからの転落件数はそれぞれ58、74、91、74、80、94、69、65件あり、そのうち列車との接触は2、4、1、1、2、0、3、2件あった(国土交通省、2018)。2000年のいわゆる「交通バリアフリー法」、それに引き続く、2006年のいわゆる「バリアフリー新法」の施行により、駅の整備は急速に進んだが、視覚障がい者のホームからの転落や列車との接触は依然としてなくならないのが現状である。  我々は、以前より転落事例の調査・分析を行ってきているが(村上ら、1986、1987、1989a,b、1995; Murakami et al.,1994; 大倉ら、1987、1993、2015a,b、2016a)、2016年6月に、健常乗客による見守りの促進をねらいとして、視覚障がい者の転落事例をデータベース化し、インターネット上に公開した(URL https:// omresearch.jp/fall /browse)(大倉ら、2016b)。以下、そのデータベースのなかからいくつかの事例を紹介し,未然防止策を考えてみたい。 4.3.1 転落事例 1)事例1 突然、柱が (1) 転落までの経緯  転落者は21歳(当時)の男子大学生で、2歳の時に両眼を摘出した。中学時代から単独歩行をしていたが、OM訓練は受けていなかった。事故は1989年1月のある平日、午後4時30分頃、山手線品川駅1番線ホームで発生した。当駅は複数の島式ホームを有しており、転落が発生した1番線は全長210m、転落地点付近のホーム幅は9.6mあった(図47)。ホーム縁端から110cm内側に幅30cmの点字ブロックが連続して敷設されていた。ホーム中程には、橋上のコンコースに通じる上り階段が3箇所あり、田町駅寄りの端には地下連絡階段があった。1番線における点字ブロックと柱の位置関係をみると、図47に示すように、大崎駅側の柱は点字ブロックから55cm内側、田町駅側の柱は20cm内側で一定せず、しかも田町駅側は相当接近していた。  当駅は転落者の通学経路における乗換駅で、よく利用していた。当日も大学のある池袋駅から山手線内回り電車の最後尾から3両目に乗車し、当駅1番線ホームに下車した。普段は当駅での乗換の利便を考えて先頭車両に乗車していたが、この日はたまたま同行していた友人との関係で後ろから3両目の乗車となった。下車後、電車がまだ停車している間に、点字ブロックとホーム縁端の間を、田町駅寄りの地下連絡階段に向って移動し始めた。移動に際しては電車をエコー定位により認知できたので、これにより電車に沿って歩いた。電車が発車した後は、白杖の先端をホーム端に接したまま点字ブロックの外側を歩いた。100m近く歩いたころ、1番線に次の電車が入る旨のアナウンスがあったので、急いで点字ブロックの方に寄ったところ、ブロックに隣接している柱(P2、図47)が急に現れたので(おそらくエコー定位で認知)、それを反射的によけ、方向を失ってホームから転落した。転落後、電車がすぐ後方に接近していたので直ちに田町側に走ると共に、軌道上からホームと反対側に退避したため、電車との接触は免れた。 (2) 転落の原因  本件は、白杖によるホーム端の検出が確実に行われなかったことが転落の直接的原因であろうが(歩行補助具の操作不適)、本件の状況で、それを求めるのは難しいと考えられる。点字ブロックが柱に隣接して設置されているという移動環境の不備に、視覚障がい者の空間認知特性の一つであるエコー定位が応答したものと考えたほうが合理的である。転落者は視覚を失ったのが幼少期であるため、エコー定位能力は高いことが推定される。また、電車が後方から接近中という緊張した条件下にあり、他のことに注意を振り向ける余裕がなかったことも事故の遠因として考慮に入れなければならない(高い心理的ストレス)。エコー定位はそれを利用できる者には、障害物などの知覚に有効に働く場合もあるが、本件のようにある条件が整うとネガティブな結果を引き起こすことがあることに注意を払っておく必要がある。 太線:歩行軌跡、×:転落地点 図47 転落事例1における転落に至るまでの歩行軌跡 2)事例2 てっきり電車だと  (1) 転落までの経緯  転落者は58歳(当時)の男性で、視力は左右とも0であった。中途障がい者で、6か月程度の歩行訓練を受けていた。また、盲導犬のユーザで、犬を受領して3か月経過していた。転落は2008年2月のある日の19時ごろ、信越本線直江津駅で発生した。イベントへの参加の帰り、特急電車(当時6両編成)を利用して、直江津駅の3番線ホームに下車した。同ホームは幅8mの島式で、もう一方の側は4番線となっている。特急電車を利用するときは大抵の場合、乗り換えの利便を考えて、階段近くに扉の位置がくる、4もしくは5号車に乗るが、この日は満席のため、やむなく3号車に席を取った。直江津駅では、2号車に近い扉から下車した(図48)。  下車した場所は2つある待合所の間であった。下車してすぐ乗り換えのために、犬に階段を探させるべく「カーブ(curb)」と指示したが、見つけられない様子であった。周りに人の気配はなく、援助依頼もできないので、やむなく自身で手を前に出し、周囲を探索したところ何かの構造物に手が触れた。その構造物は冷たかったので、電車の車体ではないかと推測した。右手でその構造物に触り、前に進んで行くと、ガラスに触ったので4番線に停まっている電車と確信し、このまま進むと階段に向かえると思った。しかし、この構造物は実際にはホーム上の待合所(間口3m、奥行き10m)であった。このガラスの箇所は両手で伝って行った。ちょうどカニの横歩き状態で、ハーネスは左手から離し、犬とは左手首にかけたリードでつながっていた。ガラス箇所を過ぎた後は再び右手で構造物を触り、進んでいった。構造物が途切れたが、それは車両間の連結部と判断し、さらに進んで行ったところ、右足から4番線の線路上に転落した。犬は落ちずにホーム上に留まった。ホーム縁端部に敷設されている点字ブロック(幅30cm、内方線なし)には気がつかなかった。  転落後、声を出して助けを求めたところ、高校生らしき人が近寄ってきた。その人からホームに上がるためのステップの位置を教えてもらい、自力でホームに這い上がった。右手首を骨折していた。  (2)転落の原因  ホーム上の待合所を電車と誤解し、長軸方向に進んでいるとばかり思っていたが、実際は短軸方向であった。方向定位が90度ずれたことが転落の第一義的な原因であろう。方向が90度ずれた遠因としては、いつもとは違う場所に下車してしまった、当該ホームに対する慣熟が不十分であった、初めての盲導犬を受領してから3か月しか経過しておらず犬の扱いに慣れていなかったことなどが考えられる。また、別の番線の電車に乗り換えるというタイムプレッシャーがあったことも無視できない。  この事例は、筆者らが集めてきた転落事例のなかでもきわめて興味深く、「触覚情報に基づく意思決定」をポイントとしてあげることができる。転落者は、待合室の壁を電車の車体、待合室の窓を電車の窓、待合室が切れたところを連結部と判断していったが、その意思決定プロセスには合理性があると考えられる。対面のホームに入線した電車を自分のホームと誤認した事例があるが、それと通ずるところがある。触覚情報は直接触れる分、聴覚情報に比べて信頼性が高いと考えられ、しかも本事例ではそれを手から得ているのであるが、それでも間違った意思決定に至る場合があることを銘記すべきである。  安全確保の観点からすると、盲導犬を連れていても万一に備え白杖を携帯することが望まれる。この場合も犬に頼れないと判断した時点で白杖に切り替えていれば、転落に至らなかった可能性がある。また、ホーム上ではオリエンテーションに少しでも不安があれば、動かないでまわりの援助を求めることも肝要である。 太線:歩行軌跡、×:転落地点 図48 転落事例2における転落に至るまでの歩行軌跡 3)事例3 後ずさりしたらそこは線路であった  (1)転落までの経緯  転落者は51歳(当時)の女性で,視力と視野は左右ともそれぞれ0.05と3度程度であった。中途障がい者で,歩行訓練はいわゆる在宅訓練の形で,週1回の割合で10回ほど,主として自宅のまわりや職場までの往復を対象に受けた。  転落は2014年9月のある日の午前10時ごろ,阪神本線梅田駅で発生した。当日ピクニックに行くため当該駅を利用した。普段はほとんど使ったことはなかった。当該駅はターミナル駅で島式櫛形ホーム(両端は相対式)であった。櫛の柄に当たる部分にある,東口改札からホームに入った。目的地までは特急電車を利用することとし,その発着番線は改札の右手の1番線であることはあらかじめ知っていた。転落に至るまでの歩行軌跡を図49に示す。改札を入って右の方に向かっていると点字ブロックを検知し,さらに天井から吊り下がっている「2」と書かれた標示が確認できた。しかし,1番線を示すであろう「1」という標示は見つけられなかった。「2」の標示の裏面に「1」の標示があるのではないかと推測し,裏側に回り込んで見上げたが発見できなかった。そこで見える範囲を拡げるためにそのままの体勢で後ずさりしたところ転落した。後ずさりであるので白杖は使っておらず,ホーム縁端の内方線付き点字ブロックにも気づかった。  この事例で注意をしておかなければならないのは,1番線のみ,線路が改札口の方まで延びていたことである。転落者にはそのように見えていなかったと考えられる。  転落後はホーム上の複数の乗客に引き上げてもらった。荷物をいっぱい詰めたデイパックを背負っていたので,それが衝撃の緩和に役立ったが,それでも左腰骨と肋骨を骨折した。救急車で病院に向かい,2週間入院した。完治までに2か月半を要した。  (2) 転落の原因  後ずさりしながら天井の標示をさがすという普段はまず行わないことをしてしまったことが直接的な原因であろう。この体勢では白杖は使えない。ただし,見えている人であれば,有りがちな行動かもしれない。地理不案内なところでの後ずさりはリスクが大きいことを銘記する必要がある。また,1番線と他の番線のホームの造りが異なっていることも無視できない。同じ造りと考えるのが普通であろう。 4)事例4 まさかホームがそんなに狭いとは  (1) 転落までの経緯  転落者は30歳(当時)の男性で,視力は左右とも光覚であった。中途障がい者で,近所に在住の盲学校の教員から1か月程度の歩行訓練を受けていた。盲導犬を使用しており,1頭目を約8年間使用した後,2頭目を受領してから3週間が経過していた。  転落は2016年7月のある日の昼12時ごろ,相鉄本線二俣川駅の3番線ホームで発生した。ホームは島式で,反対側は4番線になっている。当日は水泳プールを利用するために4番線ホームに,10号車(最後尾)の4番扉から下車した。その付近のホームの幅は3.4m,4番線と3番線の内方線付き点字ブロックの間隙は0.6mしかなかった(図50)。夏場は月に1~2回程度,当該駅を利用していたが,詳細なホームの形状については知らなかった。海老名駅から乗車したが,同駅の改札口から最も近い車両が10号車であり,この付近の車両に乗ることが多かった。  下車してから,転落に至るまでの歩行軌跡を図50に示す。ハーネスを左手で持ち,下車した後,左を向いて線路に沿って階段(5号車付近)に向かおうと2,3歩進んだとき,乗ってきた電車の発車のアナウンスがあった。そこで電車から離れて待機するために右側に寄った。この時,点字ブロックを踏んだが,それは自身が降りた4番線の縁端に敷設されているブロックと判断した。そのため,さらに右に寄る必要があると考え,そちらへ進路を取ったところ,右足から転落した。  踏んだ点字ブロックは,実際は3番線のものであった。4番線の点字ブロックは下車時に知らぬ間に越えており,左に向きを変えて階段の方に進んだ際には,犬の位置に4番線の点字ブロックがあったと思われる。  転落寸前に,乗ってきた電車の車掌から,「危ない!」と言われたが,もう遅かった。転落後,当該車掌は列車非常停止警報ボタンを押し,駅員が駆けつけてきた。駅員の介助により,ホーム上に戻ったが,右腕と右肩を打撲し,左足の内側に擦過傷を負った。  (2) 転落の原因  ホームの幅がきわめて狭く,踏んだ点字ブロックを自身が降りた番線のものと誤解し,さらに右側に寄って行ったことが転落の原因と思われる。  当該駅は,最も幅の広いところでは10.4mもあり,狭いところとの差が大きい。盲導犬ユーザであっても,利用する可能性のある駅については訓練士らとあらかじめ訪れ,ホームの形状等について予備的な知識を仕入れておくことが肝要である。また,下車後,線路と平行に移動するのであれば,その方向を定めた後,オリエンテーションを確立するために,点字ブロックを踏むまで左に寄ることが望まれる。また,ホーム上において犬とは反対側に移動するときには,路面の安全確認のために,白杖の利用も考えるべきであるが,本件の場合には,オリエンテーションは転落者のなかでは確立されているので,白杖を使う発想は起こりにくいかもしれない。狭いホームではこれまでに重篤な転落事故(2011年山手線目白駅,2016年近鉄大阪線河内国分駅)が発生しているので,鉄道事業者においては,ホームの幅の狭い箇所のあることについて車内放送等で利用者に周知徹底を図ることを考えてもよい。 4.3.2 転落を未然に防止するために 1) 転落は不注意が原因か  視覚障がい者がホームから転落すると、「不注意」という言葉がよく使われる。ところが、ここで紹介した事例には「不注意」といわれるものは一つもなく、むしろ、転落者は周囲に対して「注意」を払って移動しているし、合理的な情報処理・判断を行っていると思える。注意を払っているにもかかわらず、転落を被るところに視覚障がいゆえの厳しさがある。確かにどの事例もオリエンテーションが不明確になり、さらに白杖等によるホーム縁端の検知のなかったことが転落の直接的な原因であるが、それは当人の不注意のせいではなく、外的な条件(狩野、1978)や視覚障害固有の環境認知の仕方の影響が大きいと考えられる。すなわち、事例1では「エコー定位による突然の障害物知覚と反射的回避」、事例2では「触覚情報による環境認知」が指摘できる。事例2はホーム上の待合室を列車と誤解し、進路が90度ずれたが、触覚情報に基づく情報処理・判断はきわめて合理的であった。事例3は、ロービジョン者が天井付近の標示を探すために後ずさりしている時の転落であった。全く見えない人であれば、このような行動はとらないかもしれないが、見えている人であれば、普通のことかもしれない。この事例ではホームの造りが転落のあった番線のみ異なっていたという外的条件も見逃せない。事例4は、盲導犬ユーザが被害者であり、進行方向右側に転落したが、ホームの幅が狭かったことが災いした。反対側の番線の点字ブロックを自身の下車した番線のものと誤解したが、点字ブロックを踏むまでの移動距離が短かったため、そのような誤解を生んだと考えられる。紹介した4つの事例どれも「不注意」には当たらない。 2) ホームドア等は万全の対策であるが・・・  視覚障害ゆえの情報処理・判断特性からすると、転落防止には、客観的にみて不適当な意思決定が行われたとしても大事に至らないようにするアプローチが有効と考えられる。その一つは、ホームと線路の間に明確な仕切りを付ける、「ホームドア」や「可動式ホーム柵」(以下、ホームドア等と称す)の設置であろう(図51)。それらが設備されているホームでは視覚障害者の転落は報告されていない。紹介した4つの事例ともホームドア等が設置されていれば、転落に至らなかったであろう。特に事例1のような反射的行動や事例2にみられるような合理的な情報処理・判断に基づく行動を引き留めるにはホームドア等のような物理的設備しか解はないと考えられる。  2016年8月から2017年1月にかけて、視覚障害者の駅ホームからの転落、死亡事故が相次いで3件発生した。1件目は盲導犬ユーザの死亡事故ということもあって、大きく取り上げられ、国土交通省において「駅ホームにおける安全性向上のための検討会」が設置され、1日の利用客10万人以上の駅について、内方線付き点状ブロックやホームドア等の整備を速やかに実施することを決めた(国土交通省、2016)。しかしながら、ホームドア等に関しては解決すべき技術的課題の多さ(交通エコロジー・モビリティ財団、2000)や膨大な費用を考えると、短い期間で整備が進むとは到底思えない。その後、2019年10月から2021年1月の16ヵ月間に7件もの転落死亡事故が頻発した。これを受けて、2020年に国土交通省に「新技術等を活用した駅ホームにおける視覚障害者の安全検討会」が設置され、ホームドアに依らない、新しい技術による対策の検討が始まったが、まだ成案は得られていない(国土交通省、2020)。  ところで、ホームドア等に関して心配なことは、さまざまなタイプのものが開発され、実用化されていることである。すなわち、固い素材のドアが左右に開閉する方式だけでなく、バーやロープが昇降するタイプ(図51右)も出現してきた。かつての点字ブロックがそうであったように、亜型がたくさんあるのはユーザの立場からすると好ましいことではない。ユーザの視点で評価し、一定の設計要件内で開発されることが望まれる。         3) 転落の未然防止に向けて  ホームドア等の整備が短期間に進まないとすると、別の対策を考えざるを得ない。視覚障害者の駅ホームからの転落の未然防止のために、図52に示す4つの方策を提案したい。  (1)転落原因の調査  まずは、第三者機関による転落の事故調査を行うことが喫緊の課題である。重篤な転落事故が起きると、もちろん警察による捜査が行われるが、もっぱら事件性の検証が中心で、事件性がないとわかると、万事それで終了する。これでは転落防止に対して何の教訓も得られない。事故調査にあたっては、専門家チームが現場に出向き、過失の所在ではなく、真の転落原因の同定に集中することが重要である。専門家チームには、OMの専門家、人間工学者、心理学者、眼科医、外科医、法医学者、交通医学者、鉄道工学者などの参加が望まれる。米国には国家運輸安全委員会という国からは独立した機関があり、航空機、鉄道、船舶に関する事故について調査を行い、対策の提言を行っている。調査結果は刑事責任等の訴追のためではなく、事故の再発防止のためのみに使われるので、関係者から信頼性の高い証言が得られる。わが国にもこのような国とは独立した調査機関が是非とも必要である。  ここで取り上げた事例については、転落者に同行を求めて、当時の歩行経路を再現してもらうとともに、普段の行動や当日の普段と異なるイベント等をインタビューした。事例2において、待合室を列車と誤認した経緯は現場に行って本人に再現してもらってはじめて理解できた。口頭だけのインタビューではここまで解明できなかった。専門家チームによる調査により転落の未然防止に関する多くの有益な知見が得られることは言をまたない。重篤な転落事故が起きるたびに、ホームドア等や内方線付き点状ブロックの整備の促進を唱えているばかりでは、転落事故はなくならない。  前述の2020年に国土交通省に設けられた「新技術等を活用した駅ホームにおける視覚障害者の安全検討会」において、転落死亡事故の頻発を受け、検討会内に事故原因の調査を行うワーキンググループが設置された(国土交通省、2020)。事故防止に向けて一歩前進であろう。                     図52 転落の未然防止の4つの方策  (2)OMのための手がかりの整備  駅のホームの造りは標準化されていないので、乗車駅、もしくは降車駅において線路と平行に長距離歩かなければならない場合が多々ある。このような場合には、偏軌に注意を払う必要がある。すなわち、オリエンテーションに関して明確な手がかりがないと進路が左右に曲がってしまい、線路の方に向かう可能性がある。相対式ホームであれば、壁(線路と反対側)を手がかりできるが、島式ホームではそうはいかない。危険とわかっていながら、縁端部の点字ブロックを使うのはそのためである。  やむなく島式ホームにおいて縁端部の点字ブロックを手がかりとして歩いていても、進路上に他の乗客や荷物、あるいは柱があって、それを回避しなければならない場合もある。この時は、スクウェアオフと慣性力の影響のために、人や荷物、柱などを回避した後のオリエンテーションの確立が難しくなる。人や荷物には触れることができないので、その難しさは増大する。一方、柱だと触れることはできるが、地下鉄のホームの柱は円筒形のものもあり、この場合、回避後のオリエンテーションを確立するのは、他の手がかりがないと、まず不可能である。  そこで、ホーム中央部に線路と平行に明確な触覚的手がかり、例えば、線状ブロックを敷設することはどうであろう。有楽町線護国寺駅や東急電鉄池上線の駅ホームには既に存在している(図53)。ホームの縁端を歩かないので、転落の可能性は減る。ホーム上にはベンチや自動販売機など構築物があり、路面に手がかりを設置するのは難しいという意見があるが、連続して一直線にブロックを敷設する必要はない。ホーム上の構築物はあらかじめわかっていれば手がかりになり、その周囲を伝って歩くのは比較的容易である。問題はそれから離れる際の方向である。したがって、構築物間を明確な手がかりで結び、オリエンテーションの確立を容易にすればいいわけである。事例1はホームの端を移動し、内側に寄ったところで柱をエコー定位し、反射的に避けて方向を見失ったが、もし中央部に触覚的手がかりがあれば、端を移動しなくても良かったかもしれない。最近、ホーム上の階段の位置を知らせるために音サインが使われようになってきた。これはオリエンテーションの手がかりとして有効であると考えられるが、島式ホーム上においてそれを手がかりとして移動中に一方の番線を電車が通過すると、左右の耳のマスキング差により、音サインの音源位置が電車とは反対側にずれて聴こえる可能性がある。音サインだけでなく、ホーム中央部に触覚的な手がかりがあると冗長性が増加し、オリエンテーションの確立に有利に働く。      図53 有楽町線護国寺駅のホーム中央部の触覚的手がかり  (3)単独でのOM技術の獲得  転落をなくすには視覚障害者側の対処も重要で、適切な訓練を受けて、単独でのOM技術の獲得、維持、向上を心掛ける必要がある。いわば、自身の安全は自身で守るという考え方である。ホーム上の移動では、常時接地法による白杖操作を励行し、常にホームの縁端部を意識することが求められる。盲導犬ユーザも白杖を携行し、不安があれば白杖で路面を確認するという対処も必要である。しかしながら、歩行訓練のサービスは全国的には整っているとは言い難く、別途対応が必要である(日本盲人会連合、2017)。  (4)周りの人々の適切なケア  当面、最も速効性があり、現実的な転落の防止対策は、健常者による駅舎内の適切なケアであろう。これに関しては、鉄道事業者において以前に比べると格段のサービスの向上がみられるが、より効果があるのは一般の乗客によるケアである。とは言っても、大方の方々はケアの仕方については不案内であるので、駅員がモデルとなって啓発したり、動画を利用して広く周知したりすることが必要である。紹介した4例は周りの人々の適切なケアがあれば、転落は防げたと考えられる。  周りに立場の弱い人や困っている人がいたら、ごく自然に支え合いの連鎖が広がる、そのような社会にしたいものである。  (5)オールジャパンによる取り組み  駅ホームからの転落の未然防止に関して、第三者機関による転落原因の調査、OMのための手がかりの整備、単独でのOM技術の獲得、および周りの人々の適切なケア、の4つの方策を提案した。これらを実現するためには、視覚障害者のOMの特性を踏まえた上で、国、鉄道事業者、視覚障害当事者、視覚リハビリテーションの専門家、および個々の市民が結束し、いわば、オールジャパン体制で臨むしかないと考えられる。 文献 2 移動のための技術 【オリエンテーションとモビリティ】 Fazzi, D.L., Barlow, J.M. 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