はじめに

筆者は、開発されて久しい電子写真という容易な画像形成手法とそこで作られる熱線吸収の良好なトナー像を用いてベース層を加工することにより触覚で認識できる立体要素を持つ画像を形成する3種の手法を提案した。それぞれの画像は特徴があり適した用途がある 図1(1)のAは発泡ポリエチレンのような既に発泡構造となっているシート表面に電子写真トナー像(濃淡画像)を転写した未定着の状態を示している。Bは同表面に均一に高輝度の光照射処理を行った結果を示している。こうすると、トナー部では光の吸収が強いため発熱が起こり、この熱が発泡層に伝えられて同部を軟化するために発泡構造が消失して同表面の沈下として現れる。トナーの付着密度により発熱量が決まり沈下の程度が決まるので原画濃度は凹部の深さとして表現されたことになる。この場合、発熱体は沈下しつつ発熱するために凹部の深さは数㎜まで可能である。トナーからの熱は表面の横方向にも伝えられるので画像に太りが発生する。これを防止するためには表面を空冷する必要がある。Cは作像例であり1.2mmの深さを有する15×15mm2の文字像(&)である。トナー像は処理中に定着されており光学的な画像の性質も保持している。この画像は凹型画像であるために指先のトレースには都合がよいが1㎜幅以下の細い線やパターンについては認識が難しい。又材料的に指先への当たりが柔らかなことも欠点である。しかし逆にポスター、表示板など、比較的大規模なピクトグラムや教材に適している。ハンディな強力光による現像も可能である

図1(2),はトナー像を熱可塑性シート表面に形成し(1)と同様の処理を行うことによりトナー部のみを選択的に軟化して同部に微細な立体パターンを成形転写する方式である。例えば成形母型パターンをパンチングメタルシートとすればプロセスは次のようになる。先ず、メタルシートの上にトナー像を転写した熱軟化シートを載せ高輝度光源で一様照射を行いトナー部の下面のみを選択的に軟化させる、続いてメタルシートの側から熱可塑性シートを吸引すると軟化部にはパンチホールに対応した多数の凹部が発生する.冷却後裏がえせば写真の作例のような微小突起群により構成されたレリーフ像ができる。原画像濃度は軟化の程度に代えられるので最終的に突起の高さとして表現される。作例では厚さ50mμの塩ビシートについ穴径1mmのシートを用いており1mm程度の高さの突起群で文字が表現されている。

この画像は、処理が多少複雑で連続操作が難しい欠点はあるが、最終画像の画像の指先への当たりは堅く触覚的認識は良好である。作例では突起を見やすくするために不透明シートを用いているので可視像も兼ねている。本方式のように微小突起の集合として構成される触覚画像は表現シートの薄さとメタルシートの細かさの組み合わせでさらに高い分解能が可能で可能である。

図1(3)では前2種と同様の処理を、感熱発泡層上で行うものである。感熱発泡層として球状(10~30mμφ〉で中にガスを含んで120~140度で軟化してガスの膨張により数十倍に膨張する熱発泡性マイクロカプセル(2)と熱可塑性樹脂バインダーとの組み合わせが適している。

この場合には画像部が浮き出る凸画像が得られる。作例は約0.6mmの隆起のある15×15mm2の文字で、認識は前述の微小突起による画像と同様に良好である.図2は同一の光照射条件下の原画の画像濃度と最終画像隆起高の関係であり、本プロセスの特徴的な関係を示している。本方式は3方式の内最後に試みられ1978年に発表された。

電子写真的手法による立体要素画像形成法の説明図
図1 電子写真的手法による立体要素画像形成法
原画の光学濃度と出力隆起高の関係のグラフ
図2 原画の光学濃度と出力隆起高の関係

立体コピーシステムの実用化

この発表が感覚代行シンポジウムにおいて幸いマイクロカプセルを日本で製造しようとしていた松本油脂製薬(株)の目に止まり製品化への共同研究が始まった。このプロセスでは出力画像を形成する通常の電子複写機と発泡現像機それにカプセルペーパーが必要であるが複写機はトナー画像を未定着のまま送出が可能なミノルタ製の卓上型通常電子複写機を採用、また発泡処理機は新たに千代田電機工業(株)において開発した。カプセルペーパーを委託した静岡の特種製紙は各種の特殊な紙のメーカーである。試作には比較的塗布層が厚いため乾燥に時間がかかり、加熱乾燥もできず比較的長いラインに必要とした。また発泡処理機の設計においてはトナー像の局部的発泡により紙面が歪むために紙面を輸送用メッシュキャリアーに吸着しながら照射加熱する機構とする必要があった。

システムの商品化と使用の展開

約1年でシステムは完成し、先ずは国立特殊教育総合研究所、大阪府立盲学校、日本ライトハウスで評価が行われた。国立特殊教育研究所の視覚障害教育研究部長の小柳恭冶部部長は小中学校の図形、画像教育を無限に補強できると評価した。以後全国の施設及び盲学校で本システムの導入が行われ各種教材への適用が行われた。1981年、長野市では市街地を中心にを15区分に分けた市内地図を110人の市民に配布した(図3)。これで市内の様子がわかり障碍者の街への進出が改善された聞く。日本文化協会では全国盲人写真展を年一回開催した(図4)。その頃カメラ製造各社ではオートフォーカスのコンパクトカメラが作られ目が不自由でも音や声の方向にカメラ向けると被写体がはっきり写ったのである。写真展では会場の壁の上面に普通の写真、下の手で触れる位置には立体コピーが掲げられた。音による視点の方向はユニークな写真となり新たな魅力となった。園児の声を頼りに撮った写真、富士山にかかる雲、など手で触れられないものはすべて無限大の彼方にあったものが写真を通じて手元に引き寄せてくれた(図5)(図6)。盲人写真展は国境を越えて韓国、英国で開催された。1983年山梨県では、館員の努力で美術館所蔵の名画を「触れる画像」に変換コピーして見学者に配布して好評であった(図7)。直接名画をコピー化するのではなく改めて触知できるように工夫した。2004年にオランダ盲人協会を訪れるとこの国でも各種の教材が作られていた(図8)、ドイツではボランティアグループによって美しいフォルムの盲人用グレーティングカードが作られていた(図9)。前々から関心を持って居た米国国会図書館でかなり早い時期に本システムを導入してコピーサービスを開始していていた。

それから2、30年が経った。感覚代行シンポジウムにおいては近年でもカプセルペーパーの改善、立体コピーの適用に関する研究が報告されており、この技術が今も息づいている感がある。これからはコピーの唯一の欠点である未発泡成分の不感処理による画像の安定化や本当の立体感や色感の有るコピーが夢である。

長野市が作成した立体地図帳の写真
図3 長野市が作成した立体地図帳
日本文化協会が開催した全国盲人写真展の写真
図4 日本文化協会が開催した全国盲人写真展
富士山に掛かる雲が手元に。の写真
図5 富士山に掛かる雲が手元に。
園児の声を頼りに撮る写真
図6 園児の声を頼りに撮る写真
山梨県立美術館が作成した所蔵名画の触知図の写真
図7 山梨県立美術館が作成した所蔵名画の触知図
オランダの立体教材(2004)の写真
図8 オランダの立体教材(2004)
ドイツのグレーティングカードの写真
図9 ドイツのグレーティングカード