はじめに

一般の点字文書は、点字の高さと情報記録密度の小ささから通常の印刷物に比べて数十倍の体積を要する。このため読みたい時に文書データより点字情報として取り出すことが必要となり、良質な点字を出力する点字プリンタが必須である。しかし現行のプリンターは紙をエンボスする方式であるために数十回の触読により摩耗消滅する欠点がある。また紙面上に点字のような立体要素を形成する手法とし熱溶融した記録材を飛翔させる個体インクジェットあるいは熱ヘッドで溶融して転写する方式があるが記録量が小さく点字の記録には適さない。

大竹らは、通常の点字に匹敵するインク量を磁界によって紙面に誘導付着させる方式でその可能性を見出した(1)。記録材をには磁性とホットメルトの性質を持たせた。図1は記録ヘッド部である。記録材を入れた容器には側面に記録材を出力するノズルと、この記録材をノズルに誘導するソレノイド駆動の送出ピンが配置されており、容器全体は底部に設置したヒータによって暖められている。一方記録紙の背面にはギャップを持つ電磁石がノズルに対抗して配置にされていてる。

磁気誘導型点字プリント方式の原理の説明図
図1 磁気誘導型点字プリント方式の原理

記録はまずソレノイドの駆動によってノズルを塞ぐように位置していた送出ピンが記録材の中を一旦後退して、記録材を抱え前進してノズルから所定量送り出すが、この時電磁界が駆動され形成されたギャップの漏洩磁界によって記録材をギャップ方向に誘引しギャップ直前に位置する紙面に付着させる。記録材が紙面上に付着する瞬間は液体であるためにその表面張力によって半球状となり点字として望ましい形状となり冷えて固化する。

実験装置ではノズルは1.0㎜径、送出ピンは0.8mm径とした。また磁気誘導ギャップは0.5㎜ギャップ幅0.8mmでギャップとノズルの距離は1.5mmとした。 記録材は、溶解時粘度が低く紙面との付着性が良いエチレン―酢酸ビニル共重合体〈EVA〉、硬度が高く耐摩耗性に優れたパラフィンワックス、および磁性附与のためのマグネタイト(粒径0.5μm)の3種の混合物とした。

評価方法は、記録量(重量)及びドットの形状である。形状については記録時の表面張力によって球面の一部に近い形状となる。そこで次式で定義される形状係数γを用いた。γ=(ドットの高さmm)/(記録断面の半径mm)である。ちなみに従来の紙エンボス点字ではr=0.63~0.75であったので本実験では目標とした。

誘導磁界と記録量との関係はギャップ間磁界強度0.6KGから記録が始まり1KGで飽和した。送出ピンがノズルから引き込んでいる最低必要時間は40msであった。このうち20msはピン自体のレスポンスもう20msは記録材の流動的対応に必要な時間であった。また誘導磁界は送出ピンの動作後成形に必要な時間が10ms必要であった。これから1ドット記録に要する時間は 50msとなり、点字は横方向2点が一字であることからプリント速度は20文字/秒となる。。

記録材組成の効果

マグネタイトの含有量と記録量の関係をみると他の組成の影響は少なく、10wt%で記録量が最大となった。これよりマグネタイトを10%に保ち他の2成分(ワックスとEVA)変えて記録状態を見た。ワックス成分の60wt%において、ドットの高さ0.55mm、形状係数γ=0.7とそれぞれ最大値を示し最適組成であることが示された(γ=0.7は半球を高さ0.7倍に押しつぶした形状である)。また、この条件では1ドットの記録材付着量重量は0.6mgであった。

図2は記録中の記録材の動向をノズルと電磁ギャップの空間で60分の1秒ステップで観察したものである。上のモデル図ではノズルd(1mmφ)、磁極a―a間のギャップe(0.5mm)、記録紙b、ノズルから出たインク、記録後のインクを共に細斜線で示している.下図ではその過程の実画像であるA、Bインクは吐出過程、C、Dでは紙面に着地する過程E、Fでは表面張力によって整形する様子が見える。図3は記録機構を縦に2㎜間隔で3段重ねとして6点点字を半面が一度に打てるように配置したヘッド部である。インク誘導磁界はギャップのみ3連として同一コイルで駆動し、送出ピンも同一インク槽内から3連のノズルを経て送出した。図4は点字出力例である。点字点は単一の場合と同様な形状に相互干渉なくに成形された。

プリント時の記録材の動向の写真
図2 プリント時の記録材の動向
点字プリンターヘッド部の説明図
図3 点字プリンターヘッド部
本方式による出力点字の写真
図4 本方式による出力点字

この点字を5人の盲人被験者に触読してもらった感想では紙エンボス型点字と大きな差異はなかったが、わずかに張り付く触感を訴えた被験者がいた。本方式は紙のエンボス方式と異なり外部材料の付加による点字の構成を目指しているから材料の触感を含めて点字の質の調整、実現が可能であろう。

点字一点をワンショットで紙面に置くためには機構的に大がかりとなること予想されたが小型の電磁ギャップとインクの磁性化でコンパクトとなったために通常の卓上のプリンターのヘッド部の少しの改造で可能となった。印字速度は従来のメカニックなものと変わらずインクも特別なものではなく低廉である。出力点字は摩耗、変形がないから読まれる機会の多い耐久性の必要な文書、また正式な点字文書等に本方式の点字の採用が期待される。